1. PHPオンライン
  2. 仕事
  3. 齋藤孝・「ゆとり世代」の伸ばし方

仕事

齋藤孝・「ゆとり世代」の伸ばし方

齋藤孝(明治大学文学部教授)

2013年06月25日 公開 2022年12月21日 更新

《PHP新書『若者の取扱説明書』より》

 

 真面目だが消極的で反応がうすく、「どうにか無難にやりすごしたい」という考え方が主流。ゆとり教育を受けた、1980年代後半から2000年代前半生まれの「ゆとり世代」にはそんな傾向が見られる。若者の教育に20年以上携わってきた著者も、彼らを目の当たりにした当初は失望しかけたこともあった。しかし彼らの「自分だけ取り残されたくない」という感情をうまく使って力を引き出す「逆手指導ステップ」を編み出したことで、失望は希望に転換した。

 本書はそのメソッドのほか、「注意する時は『肯定→アドバイス→肯定』」「本音を知りたければ紙に書かせる」などのコツを伝授する。

 

良くも悪くも「おとなしくて真面目」

 

 私が初めて明治大学の教壇に立った20年ほど前なら、学生はもう少し猪のような無鉄砲さを持っていた。飲み会でも大騒ぎをしたり、いつの間にか裸になる者がいたりするのが当たり前だった。当時の明治大学の学生は特別バンカラかもしれないが、もはや「恥」の概念がなかったといっても過言ではない。むしろ恥をかいてでも目立ちたい、受けたいという気質があったような気がする。

 それに比べると、今は隔世の感がある。「積極的」「消極的」を縦軸、「真面目」「いい加減」を横軸にして座標平面を描いてみると、「積極的」で「真面目」なら昔も今も優等生だが、昔も今もそう多くいるわけではない。現実的には、昔は「積極的」で「いい加減」な学生が多かったのに対し、今は「消極的」で「真面目」な者が多い。対極的な姿に移行したわけだ。これを「進化」と取るか「退化」と見るかは微妙だが、おかげで世間からは「エネルギー不足」と見られてしまうわけだ。

 

全員にハードなミッションを

 

 だがこういう気質は、若者にとって弱点ではない。むしろ最大の長所にもなり得る。そのための方法を、私は「逆手指導ステップ」と呼んでいる。「消極的」「真面目」という彼らの気質を、文字どおり「逆手にとる」のである。またこれには手順があり、それを繰り返すことで彼らはどんどん向上する。きちんとステップを踏むと、どんどん「積極性サイクル」にはまってくる。

 その要諦をあらかじめ述べておけば、“キモ”は大きく3つある。

 1つは、躊躇せずに「ハードトレーニング」を課すこと。

 2つ目は、全員一律に同じミッションを与えること。

 そして3つ目は、惜しみなく褒め称えることだ。

 かの連合艦隊司令長官・山本五十六の有名な言葉に、「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」がある。当時の軍人たちでさえ、単に「やれ」と命令するだけでは動かなかったということだろう。まず指導者である自分を信頼させ、やり方を筋立てて説明し、見守るように接することで、ようやく主体的に動くようになる。こう看破したあたりが、山本のすごいところである。「逆手指導ステップ」は、いわばこの現代版であり、心の弱くなった若者バージョンである。

 私は大学で主に教職を目指す学生を指導しているため、しばしば「いい授業プランを考えてみよう」という課題を出す。これは会社でいえば、「いい企画を出せ」に相当するだろう。

 そうすると、中には熱心に考えてくる者もいるが、最低限のレベルで済ませようとする者もいる。前者は指名されても落ち着いて発表してくれるが、後者は怯えた目をして指名されないことを願うのみ。こういう学生が混在すると、授業はさして盛り上がらないのである。

 そこであるとき、「全員発表方式」に切り換えることにした。「せっかく考えてきたのに発表しないのはもったいないでしょ」とけしかけ、全員が1人ずつ前に出て、プロジェクターで自身の企画案を示しながら、30秒でプレゼンすることにしたのである。

 1人が話している間に次の者は脇で待機し、交代に3秒以上かけないこと、前置きは不要、すぐに話し始めること、といったルールを設定すれば、40人いても20分で終了する。当初は「1人あたり1分」にしようかとも思ったが、人数が多い分、聞く側が飽きてしまうおそれもある。だから30秒に凝縮してもらうことにした。いずれにせよ、「30秒全員プレゼン方式」自体、おそらく大学の授業としては画期的にスピーディだろう。

 

真面目だからこそ、追い込まれるとがんばる

 

 この方針を示したとき、さすがにおとなしい学生たちも悲鳴を上げた。ただでさえ小動物気質で緊張しがちなのに、およそ40人もいる教室で全員に向かって話すなど、彼らにとって正気の沙汰ではない。実際、しどろもどろになったり、30秒で収まらなかったりする者が続出した。企画の中身は、玉石混淆で、全体としては低調だった。

 私の授業は、終了後に簡単な感想を書いてもらうことを恒例としている。このときには「すごく緊張した」「心臓がバクバクして、何を話したか覚えていない」というものが少なからずあった。彼らにとって相当な“恐怖体験”だったことは間違いない。

 だが変化が表れたのは、早くも翌週からだ。同じく全員に発表を課したところ、企画の質が俄然向上したのである。話し方がまだたどたどしい者はいたが、これも前週に比べれば改善した。その翌週には、慣れも手伝ってさらに上手くなった。動画を早送りで見るように、急激に変貌を遂げたのである。

 要因は明らかだ。彼らは「もう逃げ場はない」と諦め、または開き直るしかなかった。できることは、30秒で恥をかかぬよう、準備に全力を尽くすことだけだ。それが、にわかな成長につながったのである。

 

齋藤孝

(さいとう・たかし)

明治大学教授

1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士課程を経て、明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。
著書に『声に出して読みたい日本語』(草思社文庫、毎日出版文化賞特別賞受賞)、『身体感覚を取り戻す』(NHKブックス、新潮学芸賞受賞)、『教育力』(岩波新書)、『雑談力が上がる話し方』(ダイヤモンド社)、『1分で大切なことを伝える技術』『凡人が一流になるルール』『使える! 「孫子の兵法」』(以上、PHP新書)、『上昇力!』(PHPビジネス新書)など多数。


<書籍紹介>

若者の取扱説明書
「ゆとり世代」は、実は伸びる

齋藤孝
本体価格760円

積極性がなく、反応がうすい「ゆとり世代」に手を焼いていた著者。しかし「逆手指導ステップ」を導入したら、驚くほど伸びた!

 

関連記事

アクセスランキングRanking