組織の崩壊を防ぐには――危機意識がマヒした組織の事例
2013年05月23日 公開 2013年10月31日 更新
《PHPビジネス新書『崩壊する組織にはみな「前兆」がある』より》
異常な状態が普通になってしまうのが一番恐ろしい
経営コンサルタントをしていたとき、あるオーナー経営者の方と懇談中に、突然その経営者から聞かれた。
「今度、老舗のお菓子屋さんが品質管理の問題を起こして、長期間営業停止になりました。トップのクビも飛びました。経営もいっぺんにおかしくなりました。
しかし、ちょっと前は、あそこは品質が悪かったわけでもなく、お菓子もおいしく、日本で一番売れているくらいの状態だったわけです。
こんなとき、もしあなたが経営監査役だったら、このお菓子屋さんの経営者に、問題が起きるぞ、と注意できましたか?」
不意打ちの質問であった。その質問をしたオーナーは、大変成功している人で、自分の会社にもそういう問題が起きるのではないか、それに自分は気がつけるのか、と悩んでいたのであろう。
私は、苦しい答えをせざるを得なかった。
「やはり気がつかなかったでしょうね、その中にいる限りは」
私がもし同社の社長をしていたら、同様の結果を招いてしまったはずである。
「マヒ状態」は、異常な状態が普通になり、何もおかしいとは感じなくなっている状態である。こうなると、組織が崩壊するまで、誰も何も気がつかないことになる。前兆があっても、気がつかないのである。これは経営者だけではなく、若い社員でも同じことである。
新人よりベテラン、危機時より好調時が危ない?
では、どのようにしたら、平穏無事の日々の中で、問題を発見し、危機意識を持つことができるのだろうか。
これは難問だ。
完全な対策はないかもしれないが、いくつかヒントはある。
1つ目は、問題が起きやすい構造を理解しておくことである。
問題は、多くの場合、「周辺部分」で発生する。
企業組織で言えば、親会社の主幹事業部門よりは、傍流事業部門、関連会社、遠隔地の支店・事業所などで発生しやすくなる。管理の目がなかなか届かない、軽視されやすく、盲点になりやすい部分で起きる。
そういう場所は、経営上の優先順位は低いのだが、逆にリスク管理上の優先順位は高いのである。なぜなら、周辺部分であっても、いったんリスクが顕在化して問題が起きると、全社を揺るがすほどの事態になり得るからである。
ヒトで言えば、正社員よりは、契約社員や嘱託社員・アルバイトが要注意である。これは、管理やトレーニングの徹底度が緩い部分だからである。また会社や仕事へのプライドやロイヤリティが低く、会社の価値観や行動規範などもあまり真面目に尊重しないからである。
また、意外なことに新人・若手社員よりは、ベテラン社員で起きやすくなる。慣れ・緩みもあるし、ベテランのやることに他の社員が遠慮して異議を申し立てにくいという問題もある。相手が、オーナー経営者だったりすると、その違法な行為には誰も文句はつけにくい、ということになる。
タイミングで言えば、会社が危機的なときよりは、むしろ業績が好調なとき、あるいは大きな合理化策が進行して社内が流動的なときなどが要注意である。好調なときも流動的なときも当然管理が緩む。また、流動性が高まると、経営の優先順位がこうしたリスク管理から別のポイント、たとえば経費節減や社員の早期退職などにシフトしてしまうからである。
要するに、どういう組織、どういう人たち、どういうタイミングには、どんなリスクが潜んでいるのか、あらかじめ特にしっかり見るべきポイントを確認しておくことである
結局、「痛い目に遭うまでは本当のリスクはわからない」?
2つ目は、外部の視点を取り入れる、ということである。
どんなにひどい環境でも、そこに長いこと浸かっていると、慣れてしまう。外部のコンサルタントなり監査役なりを入れて、新鮮な目で、評価・点検をしてもらうことで、内部では見過ごしている点を指摘してもらう。ちょうど人間ドックに入って検査をしてもらうようなものである。
ただ、外部監査を導入する、つまり人間ドックに入るには、自覚症状、つまり問題意識がなければならない。平時には、そもそもそうした自覚症状、問題意識を持つことすら難しいのである。したがって、自覚症状があろうがなかろうが、定期的に外部の診断を受けることが適切である。
また監査者の側も、会社側に同化して慣れてしまわないように、ときどき人や会社を入れ替えるべきであろう。リスク感覚を磨く上で、「慣れ」が最大の敵なのであるから。
3つ目は、これがもっとも難しい点であるが、経営者や幹部社員自身のリスク感覚を磨く、ということである。言うは易く行うは難し、であるが、いくつかのヒントを述べる。
・理想や目標や企業の価値観を高く掲げて、安易に現状に甘んじないようにする
・常に一流の企業や工場を視察して、高いレベルの管理を学ぶ
・老舗菓子店のような失敗事例を徹底的に学ぶ。当事者から直接話を聞く
・現場を歩いて、社員や取引先が実際に行っている内容を理解し、疑問を持ち、これは危ないな、という部分は確かめる
・現場に、トップが見ているのだ、という意識を持たせる
・身近に、ご意見番や指南役を置き、辛口の意見を聞く
ただ、いくらふだんから気をつけていても、「痛い目に遭うまでは本当のリスクはわからない」ということもまた真実である。失敗体験が、最後は経営者を鍛えることになる。
また、ここに掲げたことのいくつかは、若い社員でも心がけ次第でできるものである。経営者任せにせずに、若いうちから「危険の感覚」を身につけられるように、できることは始めておくことを勧めたい。
最後に、このようにいくら準備しても、最悪の事態は発生するものである。そして、最悪のことは、とかく最悪のタイミングで発生する。その最悪シナリオが発生したときに、速やかに対応できる準備はしておく必要があるだろう。しかも、マニュアルを作るだけではなく、随時予行練習をしておくことが必要だろう。
今村英明
(いまむら・ひであき)
信州大学教授
1955年東京生まれ。東京大学(経済)卒、スタンフォード大学MBA。三菱商事(株)で10年間海外プロジェクトを担当後、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)で19年間内外の一流企業に経営アドバイスを行う。BCGシニア・パートナー、マネージング・ディレクター、日本法人代表取締役、中部関西代表、上海事務所長などを務める。中国で通算8年間勤務。現在、信州大学経営大学院教授、早稲田大学ビジネススクール客員教授、公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン理事。専門は、リーダーシップ論、組織の診断と革新、ビジネス・マーケテイング。
主な著書に、『電力・ガス自由化「勝者の条件」』(エネルギーフォーラム社)、『法人営業「力」を鍛える』、共訳書に『チェンジモンスター』(いずれも東洋経済新報社)などがある。
<書籍紹介>
気づき、生き延びるための15の知恵
「社長の発言がころころ変わる」「社員が上司の顔色ばかり見ている」……多くの企業を見てきたプロが明かす、組織崩壊の前兆とは?