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中村哲を描いた『炎と水』が本田靖春ノンフィクション賞 類書多数でも光った取材力
2026年09月24日 公開
2026年9月18日に、第48回「講談社 本田靖春ノンフィクション賞」の贈呈式が行われ、山岡淳一郎さんの『炎と水 中村哲と名もなき人たちの旅』(集英社)が表彰されました。
本作が描くのは、パキスタンやアフガニスタンで医療活動に取り組み、のちに用水路建設などにも力を注いだ医師・中村哲さんです。
中村さん自身の著作や関連書が数多く刊行されてきたなか、山岡さんは本人だけではなく、その人生に深く関わった人々への取材を重ね、他とは違う"中村哲さんの姿"を浮かび上がらせました。
贈呈式では、選考委員を代表して魚住昭さんが選評を述べ、続いて山岡さんが本作が生まれるまでの過程や、制作を支えた編集者への思いを語りました。
魚住昭さん「真の献身というのはこういうことなのか」
選考委員の魚住昭さんは受賞作について、「山岡さんの取材はベテランらしく行き届いていて、文章によどみがない」と評価しました。
とりわけ印象に残ったのが、本書のプロローグだったといいます。天空へ一本の水の道がくっきりと伸びていくシーンは、ため息をつきたくなるほど鮮やかな書きぶりだったと称賛しました。
魚住さんにとっても、中村哲さんは忘れられない存在だったといいます。
2001年9月11日にアメリカ同時多発テロ事件が発生した後、魚住さんはアフガニスタンとの国境に近いパキスタンの都市・ペシャワールを訪れました。
現地では反米感情が高まり、日本人にも危険が及ぶ可能性があると聞かされていたため、緊張しながら取材を始めたといいます。ところが、実際に街で出会った人々はとても親切でした。
その理由を教えてくれたのが、偶然乗ったタクシーの運転手でした。運転手は、中村さんが病院をつくり、貧しい人々を診療しているため、ペシャワールの人々は日本人に好意を抱いていると話したといいます。
魚住さんは『炎と水』について、中村さん本人だけでなく、その周囲に集まった同志たちの目を通して、中村哲という人物を鮮やかに描いた作品だと評価しました。
何のためにこんなことをやっているのかと問われた中村さんが、「私はバカやけんな」と答え、たばこの煙を吐き出す場面も、その姿が目の前に浮かぶようだったと語りました。
「この本を読み終えて、真の献身というのはこういうことだったのだなと、改めて思いました」
また、魚住さんは、本書の成立を支えた編集者の存在にも触れました。
「ノンフィクションの名作や秀作は、作者一人の力では決して生まれません。この作品では、編集者の役割の大きさも教えてもらいました」
魚住さんは、「優れた本を作ってくださってありがとうございました」と謝意を表し、選評を締めくくりました。
山岡淳一郎さん「人間・中村哲を書きたい」
左から山岡淳一郎さん、講談社科学出版賞を受賞した内藤健さん
山岡さんは、『炎と水』の企画を実現するまでには苦労があったと振り返りました。
中村哲さんは、パキスタンでハンセン病の治療に携わった時期から、アフガニスタンで用水路建設に取り組んだ晩年まで、自らの活動を数多くの著書に残しています。そのため山岡さんが出版社に企画を持ち込んでも、「類書が多い」と難色を示されることがあったといいます。
それでも山岡さんには、これまでとは異なる光を当て、「人間・中村哲」を書きたいという思いがありました。その企画を受け止めたのが、集英社の編集者・武田和子さんでした。
武田さんは、中村さん自身による著書は数多くあっても、書き手が取材を重ね、一人の人間として中村哲を描いた本はないのではないかと考え、企画を後押ししました。
そんな武田さんの言葉は、本書の書き出しにも大きな影響を与えているといいます。
山岡さんが最初に書いたのは、中村さんが2019年12月4日、ジャララバードで襲撃された場面でした。衝撃的な場面から始めることで、読者を物語へ引き込もうと考えたためです。
しかし、原稿を読んだ武田さんは、「2019年の12月4日、山岡さん、この場にいなかったでしょ?」と問いかけました。そして襲撃場面を再構成した文章よりも、山岡さんがアフガニスタンから送っていた、旅日記のような取材報告の方が心に響くと伝えたそうです。
こうして生まれたのが、「アフガニスタンは渓谷の国である。国土のほとんどを峻険で巨大な山々が占め、その雪嶺から溶け出した清流は、山間に渓谷を刻んで平原へと下る」というプロローグです。山岡さんは、本書全体の核となるものを、この冒頭の数行に込めるつもりで書いたと振り返りました。
武田さんは、本書の完成を見届けることなく、2025年の早春に亡くなりました。山岡さんは「武田さんがご存命のうちに、この本を上梓したかった」と心残りを語ります。
そのうえで、本書の制作に伴走した編集者をはじめ、取材や執筆を支えた人々に感謝を述べ、最後に「この賞を励みとして、これからさらに一層精進していきたい」と、今後の執筆への決意を述べました。