野球のためだけにアメリカへ...現地記者が語る「大谷翔平エンゼルス移籍」の裏側
今や世界でその名を知らない人はいないほどのビッグスターとなったメジャーリーガー・大谷翔平。彼が二刀流での活躍を実現させるまでには、本人の努力はもちろん、様々な選択や周りのサポートがあってのことだった。弱冠23歳でのメジャーへの進出、そしてエンゼルス入団の一幕を紹介する。
※本稿は、ジェイ・パリス著・関麻衣子訳、『大谷翔平 二刀流メジャーリーガー誕生の軌跡』(&books/辰巳出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
二刀流の覚醒
2015年は大谷にとってプロ3年目であり、投手としての成長が目覚ましい1年となった。
その右腕から繰り出される剛速球で15勝5敗、防御率2.24という記録を打ち出し、パ・リーグの首位に立ったのだ。160と2/3イニングで196奪三振も記録している。個人としてあらゆるカテゴリーで自己最高の記録を更新し、打者の気力を削いでしまうほどのピッチングを見せた。
「あの才能を見たら、もう笑うしかない」その年に大谷を視察したナショナル・リーグの幹部は語った。「あの体格、右腕のアクション、どう見ても彼はトップ・アスリートだ。 今後も進化し続けるだろう」
大谷はパ・リーグのベストナインに投手として1位に選ばれ、一流のピッチャーに仲間入りしたことを印象づけた。
一方でこの年、打者としての成績は振るわなかった。外野手としてのプレーはせず、指名打者として打席に立ったのだが、打率は.202、119打席で5本塁打という記録に終わった。
2016年は、大谷の日本でのキャリアが最高潮に達したシーズンとなる。パ・リーグを制し、日本シリーズでは第2戦まで連敗したものの、広島東洋カープにその後4連勝し、 第6戦でチームは3度目の日本一に輝いたのだ。
この素晴らしいシーズンを経て、大谷は優れた選手であることを示しただけでなく、二刀流のスタイルを着実に自分のものとしていった。
大谷は2016年もまたベストナインに選出され、今回は投手と指名打者の双方で1位という、前例のない記録を残した。当然ながら、その年のパ・リーグのMVPにも圧倒的な投票数で選ばれている。
打者としての成績は、打率.322、22本塁打、67打点。投手としては 10勝4敗、140イニングで174奪三振。
野球界は大谷のような驚異的な選手が存在することを知り、彼が独特の選手であることを実感していた。
プロ野球のビッグ・スターで著名なアスリートであるにも関わらず、大谷の私生活は地味なものだった。たいていはチームの寮で、若手選手と一緒に過ごしていた。年上のチームメイトに誘われても、飲酒がメインのような会は断っていたという。
試合が終わると、大谷は街へ繰り出す代わりに寮へと急ぎ、トレーニングをしたり、ゲームをやったり、技術向上のための読書をしたりする。
「全然遊び歩かず、まるで僧侶みたいに過ごしているんだ」ナショナル・リーグの幹部は言う。「野球を上達させること以外には興味がないみたいで、両親から仕送りされる1000ドル程度で1カ月暮らしているらしい。生活のすべてが野球中心で、彼の頭の中にあるのは、どうすれば向上できるかということだけさ」
完璧に見える大谷ではあるが、足首だけはそうはいかなかった。カープを下して制した日本シリーズで右足首を痛めてしまい、日本での最後のシーズンとなる2017年は活躍の場が制限されてしまった。また、日本も開催国の一つであったワールド・ベースボール・クラシックへの出場も叶わなくなり、結果はアメリカ、プエルトリコに次いで日本は3位となった。
すでに世間では、大谷は契約金制限のなくなる25歳を待たず、シーズン終了後にメジャーへ行くという噂が流れていた。
田中将大はメジャー行きを遅らせたため、ニューヨーク・ヤンキースと総額1億5500万ドルの7年契約を結ぶことになった。それに比べると、契約金230万ドル、メジャーリーグの最低年俸54万5000ドルという大谷の契約条件が、いかに破格であるかがわかるだろう。
エンゼルスは史上最大のバーゲンセールに勝利し、大谷を6年間在籍させることが見込まれたが、日本ハムもまたこの契約の恩恵を受けた。ポスティング・システムによって大谷のメジャー移籍を実現させ、2000万ドルの譲渡金を受け取ったのだ。
巨額の契約金が幻となったことなど、大谷は気にしていなかった。メジャーで二刀流選手としてやっていくことは、金には代えられない価値があるのだ。むしろ報酬面を気にせずにすんでよかったと本人は思っており、騒いでいるのは周囲やメディアばかりだった。
「その事実が大谷のすべてを物語っている」エンゼルスの投手であるタイラー・スキャッグスは、大谷が契約した際にニューヨーク・タイムズ紙に語った。「彼はお金のためにアメリカに来るのではないと示したんだ。野球をやるためだけに来るのさ」