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日本の職場は、なぜ“真面目な社員”をパワハラ加害者に変えてしまうのか?

石井光太(作家)

2023年12月12日 公開

2022年4月にパワハラ防止法が施行されるなど、現在では「職場のパワハラ対策」は相当に進んだように思われる。しかし、それでもパワハラをしてしまう人たちは存在する。彼らはなぜパワハラをしてしまうのか、その根本にあるものは何か、そして彼らは変わることができるのか――。

本記事では、ノンフィクション作家の石井光太氏による「ハラスメント対策の現場」の取材から、「パワハラ加害者が生まれる社会的背景」について掘り下げる。

 

「自分が受けた教育をそのまま伝える」...それだけではパワハラになる

日本の社会では、今なおパワーハラスメント(以下「パワハラ」)という名の上司と部下のコミュニケーション不全が起きている。なぜ、上司と部下との間でこうしたことが起こりつづけるのか。パワハラの概念を提唱したクオレ・シー・キューブの岡田康子氏(取締役)は次のように語る。

「年配の上司が部下にパワハラをする背景の1つとして、時代の急速な変化が挙げられます。今の50代以上の人たちが会社に入社した当時は、日本経済がまだそれなりに元気があって、社員が一丸となって大量生産、大量販売によって利益を上げる時代でした。画一的であることが、生産性につながったのです。

そうした中では、社員は先輩に言われた通りのことをしていればある程度はうまくいった。だから、上司の指示に黙って従って長時間働くことが重要視されたのです。また、きっちりとそれを守っていれば、年功序列、終身雇用の制度が社員の生活を守ってくれていました。

年配の方たちは、こうした教育を受け、それなりの成功体験を手に入れてきました。だから、これまで自分がやってきたこと、教わってきたことを、そのまま部下に言ったり、命じたりする。でも、それが今の時代に合っていないから、パワハラになるのです」

これを言葉の面から考えてみたい。パワハラの加害者の中には、「新人は何もできないのだから上司の指示に従って経験を積むしかない」とか「うちの会社はこれでやってきたのだから、部下は黙ってそれに従うべきだ」と言う人がいる。

たしかに1990年代くらいまでであれば、岡田氏の指摘通り、上司の命令に無心で従っていれば、それなりに仕事のノウハウが身についただろうし、売り上げにもつながっただろう。

だが、今のビジネスを取り巻く環境ややり方は、当時と大きく変わっている。グローバル化した市場では、上司の言いなりになって、従来の方法論を踏襲するだけでは、厳しい競争を勝ち抜くことはできなくなっているのだ。

若い世代の人たちは、そういうことを学生のうちから散々聞かされてきているし、多くの企業が古い価値観から抜け出せずに自滅していった例も知っている。だからこそ、彼らは上司から上記のようなことを言われれば、「古い価値観を押し付けられた」「この上司は話が通じない」と被害感情を高めるのだ。

もちろん、景気が良かった時代の働き方や考え方が、今の時代においてすべて間違っているというつもりはない。今だからこそ、見習わなければならないこと、再評価しなければならないことは山ほどある。

とはいえ、それを若い人たちが理解できるように伝えられるかどうかは言葉次第だ。上司がそれを今の時代にあった言葉で適切に表現できなければ難しいだろう。

 

リーダーには自分を正当化せず、言い換えて伝える姿勢が必要

岡田氏はつづける。

「企業には古い価値観が残っていることがあり、行為者(パワハラ加害者)の上司はそれをそのまま言葉にして部下を責めることがあります。

たとえば、『会社員ならきちんと仕事をしてからプライベートに勤しめ』とか『努力を示す姿をみんなに見せてみろ』とか『給料の分だけ働け』といった言葉があります。

これらは本人が考えて作り上げた言葉ではなく、会社、あるいは社会にある言葉の受け売りなのです。社会には時代に合わない古く乱暴な言葉がたくさんあり、それを何も考えずに借りてきて、そのまま部下にぶつけるのです」

筆者が会ったパワハラ加害者の中に、成績の悪い部下に土日まで仕事を強要した男性がいる。そのせいで、わずか一年の間に数名の若い社員が会社を去ることになった。この人物は、自分のパワハラを次のように正当化していた。

「うちの会社は給料が良くて有名です。一般の会社に比べれば、倍近くもらっている。だから、それに見合った成績が出ていなければ、休日返上で働いて取り戻そうとするのは当たり前じゃないですか。そうでなければ、会社だって何のために高い給料を払っているのかってことになりますよね」

かつてこの会社の社員たちはみなそう教えられてきたのだろう。だからこそ、がむしゃらになって働き、業績を上げ、今の地位を築いてきたのだ。それは彼なりの成功体験ともいえる。

しかし、今の若者の認識はこれとはまったく違う。彼らは働き方改革が叫ばれる時代で育ち、各々が個別のライフスタイルを求めて生きている。

そんな彼らからすれば、給料が高いから他の会社員の何倍も働かなければならないとか、業績を上げるために土日も働かなければならないといったことは非論理的なことであり、その押しつけはパワハラ以外の何物でもないのだ。

先述したように、昔の人の仕事への向き合い方を全面否定するつもりはない。あり余る情熱があるからこそ、成し遂げられることは確実に存在する。

だが、それを若い人にも理解できるように語るのであれば、先の例と同じように今の時代に合った表現の仕方をしなければならないだろう。それを怠って手垢のついた古い言葉を持ち出してきて、そのまま無思慮にぶつけるから、パワハラになるのだ。

そういう意味では、自分の言葉で今の時代に合った形で表現することが、かつてないほど求められている時代だといえる。

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パワハラ上司は「借り物の言葉」で人格批判している?

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