売上、KPI、離職率——数字で組織を管理しようとするほど、組織がうまくいかなくなることがある。経営コンサルタントの加藤芳久さんは、台湾での体験と、現地に実在する「日本人を神として祀る廟」の話を通じて、これからのリーダーに必要な視座を解説していただきました。
台湾で受けた親切から芽生えた好奇心
いまから10年以上前のことです。
当時まだ赤ちゃんだった息子を連れて、家族で台湾を旅行しました。
移動のため電車に乗り、息子を抱っこしたまま立っていると、座っていた台湾人の方がすっと立ち上がりました。そして私に向かって、笑顔で「どうぞ座ってください」とジェスチャーをしてくれたのです。
「親切な人がいるものだな」そのときは、そう思っただけでした。
ところが、電車を乗り換えると、また同じことが起こりました。帰りの電車でも、また席を譲ってくれました。世間話をしていたおばちゃんも、学生服を着た学生も、いまどきのファッションをした若者も、赤ちゃんを抱っこしている私を見ると、ごく自然に席を譲ってくれるのです。
しかも私は、見ず知らずの外国人です。あまりに感動して、後日、台湾人の友人にその話をしました。
すると彼は、こんなことを言ったのです。
「親切にされて、うれしかったでしょ。でもね、こういう思いやりの心を教えてくれたのが日本人なんだよ。僕らは『日本精神があるね』と言って、褒め言葉として使うこともあるんだよ」
私は驚きました。
もちろん、台湾における日本統治の歴史(1895年~1945年)にはさまざまな側面があります。「日本精神」という言葉の受け止め方も、人や世代によって異なるでしょう。
それでも、台湾人の友人から直接聞いたこの言葉は、私の心に強く残りました。
「日本と台湾の間には、どんな歴史があったのだろう」
もっと知りたいと思うようになりました。
それが、私と台湾との長い関わりの原点の一つです。その後、私は台湾を何度も訪れ、10年以上にわたり、日本企業の経営者やリーダーを対象とした台湾研修にも携わってきました。
数字だけでは、組織は動かない
私は組織変革コンサルタントとして、企業の「理念共有」「関係構築」「リーダー育成」を通じて、組織風土を活性化する仕事をしています。
その現場で近年感じるのが、「数字で測れるもの」を重視しすぎてはいないか、ということです。
売上、利益、生産性、KPI、離職率。もちろん、経営に数字は欠かせません。
しかし、数字を細かく管理すればするほど、組織が強くなるとは限りません。
営業部は営業部の数字を追う。製造部は製造部の効率を追う。人事部は人事部のKPIを追う。それぞれが自分の目標達成に懸命になるほど、部署間の壁が厚くなり、会社全体ではうまくいかなくなることがあります。
いわゆる「部分最適」です。
さらに、数字ばかりを評価すると「数字にならない貢献」が見えなくなります。
困っている仲間を助ける。後輩を育てる。部署を越えて調整役を引き受ける。会社の理念を体現する。
こうした行動は、今月の売上には表れにくい。しかし、長期的に強い組織をつくるためには欠かせません。
考えてみれば、台湾の電車で私に席を譲ってくれた人たちも同じです。
席を譲っても給料は上がりません。誰かから評価されるわけでも、KPIに加点されるわけでもありません。
それでも、目の前に困っている人がいたから、すっと立ち上がった。
私はここに、これからの組織づくりのヒントがあると思っています。
「自分にとって得か」ではなく、「相手や全体にとって何がいいか」を考えて行動する。いわば「私心なき決断」です。
20歳の日本人が、なぜ台湾で「神様」になったのか
台湾でぜひ知ってほしい日本人がいます。
杉浦茂峰という、20歳で亡くなった青年です。
1944年10月、海軍のパイロットだった杉浦氏は、零戦に乗り、台南に来襲した米軍機を迎え撃ちました。その戦闘で杉浦氏の機体は被弾します。
地元に伝わる話では、そのままでは機体が集落に墜落する可能性があったため、集落が大火事になるのを避けて杉浦氏は人の少ない方向へ機体を向け、最後にパラシュートで脱出するも米軍の機銃掃射を浴び戦死したそうです。
もちろん、その瞬間、杉浦氏本人が何を考えていたのかは誰にも分かりません。
しかし、地元の人々は「杉浦氏が自らの命を犠牲にして村を守ってくれた」と受け止めました。
戦争が終わり、台湾に日常が戻り始めたころのことです。
地元では、夜になると軍服を着た男性の姿を見かけたという話が相次いだといいます。不安を感じた住民たちは、この地域で厚く信仰されている朝皇宮の保生大帝に神意を尋ねました。すると、それはこの地で命を落とした日本軍人の魂であると告げられたそうです。
そこで地元の人々は、その魂を大切に祀ることにしました。1971年に戦闘機が墜落した地点に小さな祠が建てられ、その後、1993年には現在の立派な飛虎将軍廟へと建て替えられました。
そして今も、飛虎将軍廟では杉浦茂峰氏を偲ぶ営みが続いています。朝夕には祝詞として『君が代』と『海ゆかば』が流れ、その魂を慰めています。
私たちも台湾研修でこの廟を訪れる際には、『君が代』『海ゆかば』に加えて、参加者全員で『ふるさと』を歌います。
「兎追いしかの山、小鮒釣りしかの川――」
台湾の地で、故郷を離れて命を落とした20歳の青年を前に、日本から来た私たちが『ふるさと』を歌う。
その時間は、何度経験しても特別なものです。
歌っているうちに、涙をぬぐう参加者もいます。
私自身も、その光景を見るたびに胸が熱くなります。
杉浦茂峰氏は、自分が台湾で神様として祀られることなど、知る由もなかったでしょう。
ましてや、80年以上後に日本からやってきた人たちが、自分の前で『ふるさと』を歌うことなど、想像もしなかったはずです。
それでも、一人の青年の行動は、人々の記憶から消えませんでした。
国を越え、世代を越え、長い年月を越えて、人の想いがつながっていく。
飛虎将軍廟には、そんなことを感じさせる、静かで温かな時間が流れています。
私はこの場所を訪れるたびに思います。
人は、その人が何を言ったか以上に、「誰のために行動したのか」を覚えている。私はここに、リーダーシップの本質を見る思いがします。
人は、リーダーが何を言ったか以上に、苦しいときに「誰のために決断したのか」を覚えているからです。
会社が順調なときなら、誰でも「社員を大切にします」「人が財産です」と言えます。問題は、苦しいときです。
業績が悪化したとき。 大きなトラブルが起きたとき。 自分の立場が危うくなったとき。
自分を守るのか。それとも、社員や組織全体を守ろうとするのか。
そこでリーダーの本質が表れます。
『軍服を着た神様』が映し出すもの
2026年公開のドキュメンタリー映画『軍服を着た神様』は、飛虎将軍廟をはじめ台湾各地の「日本神」を取り上げています。
台湾には、日本人が神として祀られている場所が50カ所以上あるといわれています。
映画では文化人類学者の藤野陽平氏と記録映像作家の遠藤協監督が、足かけ6年にわたって各地を訪ね、日本神が生まれた背景や台湾の民間信仰、戦争の記憶、現在を生きる台湾の人々と日本の子孫との交流を描いています。
重要なのは、これを単純な「台湾は親日だから」という物語にしないことです。
藤野氏も、日本と台湾の関係は近く深い一方、「台湾は親日」という一本槍では説明しきれないと指摘しています。
複雑な歴史があり、異なる文化や信仰がある。それでも、国境や時代を越えて人と人との関係が生まれ、誰かを悼み、その記憶を受け継いでいく。私はそこに「関係性」の力を感じます。
会社も同じではないでしょうか。
組織とは、組織図や人事制度だけでできているのではありません。
「困ったときに助けてもらった」 「あの上司は自分を守ってくれた」 「あの人がいたから頑張れた」
そんな人と人との記憶の積み重ねが、組織風土をつくっていくのです。
「自分の数字」から「私たちの未来」へ
では、経営者やリーダーは何をすればいいのでしょうか。私は二つあると思います。
一つ目は、メンバーの評価軸に数値による評価ではなく「理念の体現度」を入れることです。機能的な価値ではなく、情緒的な価値を評価することをお勧めしています。例えば、仲間を助けた人、後輩を育てた人、部署を越えて協力した人など、理念を体現した人を認める仕組みをつくるのです。
実際に、私の支援先では評価軸に「情緒的な価値」を入れたことで、組織の雰囲気が変わりました。「暗かった朝礼が明るくなった」、「相手に話しかける量が増えた」「笑顔が増えた」という声が多く挙がるようになりました。
そして二つ目は、経営者やリーダー自身の視座を高め視野を広げることです。
「過去から現在、そして未来へと何を繋いでいくべきなのか?」「私は何を後世に遺すのか?」こうした問いに、生成AIは答えてくれません。
最後に問われるのは、経営者やリーダー自身の「あり方」です。
あの日、台湾の電車で私に席を譲ってくれた人たちも、誰かに命令されたわけではありません。
目の前に困っている人がいたから、すっと笑顔で立ち上がった。
強い組織とは、そんな人がたくさんいる組織なのではないでしょうか。
「組織は人なり」という言葉がありますが、言い換えれば「いい人が、いい組織をつくる」とも言えます。「自分のため」から「みんなのため」と幸せな関係構築を自然と考えられるリーダーがいる会社が本当に強い組織です。
さて、あなたの会社はどんなリーダーを育てていますか?