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ツタンカーメン王の死因に現代科学はどこまで迫れたのか?

日本博学倶楽部

2013年10月04日 公開 2024年12月16日 更新

[決定版]「科学の謎」未解決ファイル』より

3000年前のエジプトから現代科学への挑戦状――。

そんな見出しが躍りそうな歴史ミステリーの主役がエジプトのファラオ、ツタンカーメン王のミイラである。

ツタンカーメンは古代エジプト第18王朝の21代目の少年王で、治世9年、18歳の若さで死亡したと伝えられる悲劇の王である。

その後、王の存在は歴史上長らく忘れられた存在となっていたが、20世紀初頭に彼のミイラが発掘され、突如、歴史の表舞台へ躍り出た。ツタンカーメン王のミイラはほとんど盗掘されていない王墓に眠っており、まさに世紀の大発見として世間の注目を集めたのである。

やがて調査が進むにつれて、この王の衝撃の最期がささやかれるようになった。なんと背後から頭を殴られて殺害されたというのだ。暗殺説の根拠となったのは、1968年に行なわれたX線撮影で頭蓋骨内に骨片が見つかったためである。

10代で夭折という早すぎる死や、大急ぎで埋葬された形跡などもあいまって、ツタンカーメン王の暗殺説は一種の真実味をもって広まっていった。

ところが2005年、科学の力によってこの暗殺説が真っ向から否定される。頭からつま先までCT装置にかけて1700枚ものデジタル画像を撮影した結果、頭部に致命傷となる外傷が認められなかったというのだ。つまり頭部の殴打による暗殺説は幻と消えたのである。

暗殺ではないのなら、ツタンカーメン王の死因はいったい何なのか。ミイラには胸骨や肋骨がなかったため、埋葬する前に骨折したこれらの骨を取り除いたのではないかとも考えられた。そのため王が落馬して死亡したという推測が生まれた。その他にも襲撃、戦闘、感染症などの死因が浮上したが、いずれも特定はできなかった。発掘のさいのミイラの取り扱いがずさんで原因解明の妨げになっており、死因の特定は困難をきわめた。

ツタンカーメン王の謎も迷宮入りかと思われた2010年、意外なニュースが世界中を駆け巡る。遺伝子検査を行なった結果、ツタンカーメン王は殺害でも事故にあったのでもなく、致死性のマラリアを引き起こす熱帯熱マラリア原虫に感染していたと発表されたのだ。

検査からは、王の実像も明らかになった。

それまでは女性的で颯爽とした姿で描かれてきたツタンカーメン王だが、じつは複数の疾患に苦しむ虚弱体質で、骨壊死症状のため杖を必要とし、足には障害を負っていたことが明らかになったのである。これらの要因が時間をかけて王の免疫を弱らせていき、マラリアに感染し死亡したと結論づけている。

これまで数々の研究者が挑んできた難問は、現代の遺伝子技術によってひとまず解決に至ったのである。

 

[決定版]「科学の謎」未解決ファイル

日本博学倶楽部 著
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