1. PHPオンライン
  2. 社会
  3. 古賀茂明 利権の復活―安倍政権のつくられた「改革派」イメージ

社会

古賀茂明 利権の復活―安倍政権のつくられた「改革派」イメージ

古賀茂明(元経済産業省官僚)

2013年11月05日 公開 2022年12月19日 更新

「改革派VS守旧派」の出来レース

 

 「安倍政権のレトリック」と言ったが、安倍総理個人がそうしたテクニックに長けているわけでは決してなく、むしろ不規則発言や暴言に近い物言いすら見受けられる。安倍政権のレトリックとはすなわち、政権を支える政治家や官僚が一体となって情報発信を担い、たとえば「改革派」という偽りのイメージをつくりあげて、国民を一つの方向に誘導しようとしている状況を指す。総理個人の力ではなくチームワークで演出するのである。

 もっとも頻繁に見られる演出が「改革派安倍」VS「自民党守旧派」という対立の図式。まず改革案をぶちあげる。すると必ず、利権と絡んだ党内守旧派が反対の狼煙を上げる。

 だがそれは、すでに織り込みずみである。党内で真っ向からぶつかれば、マスコミがおもしろおかしく書き立てるのは必定。まじめにおとなしい議論をしても、だれもふりむかない。ケンカをすることで世間の耳目を集めるやり口は、橋下徹大阪市長のマスコミ戦略においておなじみだろう。またこれは、民主党政権時代に繰り広げられた「小沢派」VS「反小沢派」の対立構図にも似ている。

 ただし、民主党はその対立で実際に党が割れたが、自民党の場合はいわば暗黙の出来レースと言っていい。世間が注視するなかで落としどころを探り、最後は反対派を押しきるかたちで安倍総理のリーダーシップをアピールし、観客たる国民から喝采を浴びる。族議員もそのあたりはわきまえていて、党が割れるほどのっぴきならない事態は巧妙に避ける。このプロセスは、よくよく検証すれば、安倍政権が発足時からくりかえしてきたパターンであることがわかる。

 問題は、それが表向きは「国民を守るため」「日本をよくするため」と謳いながら、そのじつ、特定の既得権グループを温存するための方便だったり、官僚や族議員が利権を得るための詭弁だったりすることである。

 結果を見れば、実態はかつての自民党とほとんど同じなのだが、表面上は「改革派安倍」というプラスイメージだけが残る。私が「騙しのテクニック」と呼ぶ所以はそこにある。

 具体的な事例をあげよう。

 TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加へのプロセスを見ると、まず安倍政権は、TPP参加を成長戦略の一環として前面に打ち出した。農協や農林水産省と結びついた自民党農水族議員に「参加反対」の声をあげさせて、TPP参加に立ちはだかる壁の厚さをアピールした。「TPPに参加できるかどうかが安倍政権の改革への本気度を測る試金石」などとマスコミが報じる。

 じつは当時、この帰趨にもっとも関心を示していたのが海外メディアだった。

 守旧派に大立ちまわりを演じさせて、テレビでの露出も充分に高めたうえで、「民主党にできなかったTPP参加を安倍総理の指導力で決定」という大団円を演じ、改革に邁進するリーダー像をアピール。その瞬間、「ついに日本で本格的な構造改革が始まる。アベノミクス第三の矢が放たれた」と海外メディアが報道し、株価急上昇の流れが確定した。

 しかし、実際には「改革派」とは名ばかりで、一方で「日本の農業の聖域は守ります」と訴えて既得権の温存を約束し、真の改革には手をつけない。そればかりか、日米協議では米国製自動車の関税撤廃を先延ばしする合意を取り交わして、TPP参加のメリットを放棄するという国賊的な譲歩をしてしまった。

 

不安を煽り国民からお願いさせる催眠手法

 

 世の中の空気を操作するためにもっとも効果的な方法、それは国民の不安を煽ることである。

 共通番号(マイナンバー)法案なら、医師会をはじめとする既得権団体=反対派は、「個人情報漏洩」や「プライバシー侵害」を心配する市民団体らの訴えを利用して、この制度本来の目的である脱税や不正診療報酬請求を摘発できないように中身を骨抜きにする。背後では、個人情報を守るための強固なシステムづくりと称して「ITゼネコン」が肥え太る。そこにはもちろん、新たな天下り法人の創設が組み込まれ、巨大利権に巣食う政治家と官僚の思惑が交錯する。

 あるいは国土強靭化基本法案の場合、「防災・減災」という美名のもと「南海トラフ巨大地震」や「首都直下地震」のシミュレーションを大々的に宣伝して、公共事業のばらまきを正当化する。

 ここで使われているのは、「このままではたいへんなことになりますよ」と国民の不安を煽り、「危ないからなんとかしてほしい」という心理に国民を誘導して、しまいには、みずから声をあげさせる手法である。

 強権的に国民に押しつけたり、真っ赤なウソをついて欺いたりするのではない。あくまでも「国民のみなさんの声に応える」というかたちをとって自陣に引き寄せていくソフトにして高度な説得術であり、「催眠」的な世論誘導術なのである。

 その意味では、世論に対する政府の広報戦略は、これまでの単純な官僚主導から、政官一体となった巧妙かつ精緻なレトリックに“進化”しているともいえる。

 しかし、いくら巧妙でもレトリックはレトリック。見せかけの改革劇をくりかえしていくうちに、その実態はどこかで見破られるにちがいない。そのときが破綻の始まりである。

 アベノミクスは順調に推移しているように見えるが、それは国際マーケットが安倍政権に改革を期待している証拠でもある。期待は大きければ大きいほど、それが裏切られたときの落胆は大きい。改革がニセモノだと烙印を押されたとき、高止まりしていた株価が急落するとともに日本売りが加速し、日本経済は破綻への道を転げ落ちていくだろう。

 大胆に予測すれば、私は安倍政権がこれからの3年間、いまの状態で続くとは到底思えない。3年以内のどこかで改革が本物かどうか踏み絵を迫られるときが来る。追いつめられた安倍政権はそのとき、本物の改革に舵を切れるかどうか――。

 


<書籍紹介>

利権の復活
「国民のため」という詐術

古賀茂明 著
本体価格760円

政治家が「官僚のレトリック」を模倣しはじめた――原発再稼動、TPP、アベノミクス……「国民のため」の裏に潜む利権の構造を暴く。

 

<著者紹介>

古賀茂明

(こが・しげあき)

1955年長崎県生まれ。東京大学法学部を卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。大臣官房会計課法令審査委員、産業組織課長、OECDプリンシパル・アドミニストレーター、産業再生機構執行役員、経済産業政策課長、中小企業庁経営支援部長などを歴任。2008年国家公務員制度改革推進本部事務局審議官に就任し、急進的な改革を次々と提議。09年末に経済産業省大臣官房付とされるも、10年秋に公務員改革の後退を批判、11年4月には日本ではじめて東京電力の破綻処理策を提起した。そのためか退職勧奨を受け、同年9月に辞職。その後、大阪府市エネルギー戦略会議副会長として脱原発政策を提言。現在も特定の組織に属さずに発言を続ける。

おもな著書に『日本中枢の崩壊』(講談社文庫)、『官僚の責任』(PHP新書)などがある。

 

関連記事

アクセスランキングRanking