広がる世代間格差――次世代の声をどう政治に届けるか
2013年07月22日 公開 2022年06月09日 更新
《PHPビジネス新書『
』より》
世代会計が示す「財政的幼児虐待」の実態
財政に関する民主主義の綻びは、現在の民主的意思決定に関与することのできない将来世代に、もっとも理不尽な不利益をもたらすことになる。
こうした状況を端的に示すものとして、「世代会計」という手法がある。これは、国民が生涯を通じて、政府に対してどれだけの負担をし、政府からどれだけの受益を得るかを推計する手法である。
具体的には、ある時点において、20代とか30代とか50代といった世代ごとに、その生涯において、医療・介護などの社会保障や、そのほかの公共サービスを通じて、政府部門から受ける受益と、税金や社会保険料のかたちで政府部門に対して支払う負担を推計する。
図表は、こうした手法を用いて内閣府が「平成17年度 年次経済財政報告」で示した図を参考に、筆者が作成したものである。この図では、世代ごとに、受益と負担の構成を示したうえで、負担総額から受益総額を差し引いた純負担の金額を記している。
これによると、60歳以上の世代の純負担はマイナスで、約4000万円の得(受益超過)、50歳代は約990万円の得(受益超過)がある。それに対して、それ以降の世代の純負担はプラスで、将来世代は約8300万円の損(支払い超過)となっている。
したがって、60歳以上の世代と将来世代とのあいだには、差し引き1億2000万円以上の世代間格差が生じていることになる。これは、ふつうのサラリーマンの生涯賃金を2億円とすると、約6割に達する格差である。
財政とは基本的に、国民Aのマネーを、国民Bに移転する作用である。しかも、国債を発行すれば、ある世代Aのマネーを搾取して、別の世代Bに移転できる。いまの財政構造を通じて、将来世代や若い世代は、上の世代から搾取されているのである。
さらに、生涯賃金を2億円とすると、まだこの世に生まれてきていない将来世代は、生涯での手取り賃金は1億1700万円になってしまう。生まれる前から8300万円もの負担を押しつけられているからだ。これは、現役世代が将来世代に対し、一種の「虐待」を行っているといっても過言ではない。このことを、ボストン大学のコトリコフ教授は「財政的幼児虐待」というショッキングな言葉で表現している。
次世代の声を政治に届けるしくみづくりを
なぜ、こうした世代間格差の是正は進まないのだろうか。その背景には、民主主義の綻びを超えて、民主主義の欠陥ともいうべき現象がある。
現在の日本では、中高年世代が選挙で大きな力をもっている。それは、人口構成を見れば明らかだろう。選挙権をもたない20歳未満も含め、2013年時点における日本人の中位年齢は約46歳であり、40歳以上の人びとが人口の過半数を占めている。「政治の高齢化」と呼ばれる現象が進行しているのである。
もともと、高齢層は若年層にくらべて投票率が高いことで知られている。さらに、人口割合でも、高齢者が相対的に増加していく傾向にある。そのため、選挙で勝つには、高齢者に嫌われる政策を打ち出すわけにはいかない。社会保障費の削減が難しいのもこのためである。
まして、まだ選挙権さえもたない(あるいは生まれてさえいない)将来世代は、どんなに負担を押しっけられても、決して文句をいってこない。だから、すでに選挙権をもつ世代が、将来世代から搾取する構図になりやすいのである。
しかも、少子高齢化の進展にともない、ますます高齢層の相対的な政治力は強くなっていく。早く手を打たなければ、改革自体に手をつけられなくなる恐れがある。こうした状況を改め、いま以上に、将来世代や若い世代の声を政治に届けるしくみをつくることが重要である。
そのための方策として、「世代別選挙区」を導入し、地域代表ではなく、20代代表、30代代表……60代代表というように、世代別の代表を国会に送り込むことや、未成年の子どもの分の投票権を親に与えること(ドメイン投票法)など、抜本的な選挙制度の改革がさまざまな識者から提言されているが、実現させるのはなかなか難しいだろう。現実問題として、あからさまに世代間対立を浮き彫りにするような制度改革が、すでに高齢世代が大きな政治力をもつ状況下で受け入れられるとは考えにくいからだ。
まずは正攻法として、現行制度のもとでも若い世代の投票率を高めるために、できるかぎりの取り組みを行う必要がある。選挙年齢を18歳に引き下げることも考えられるだろう。また、いわゆる1票の格差を是正することは喫緊の課題である。
いまや、1票の価値について、衆議院では2・3倍、参議院では5倍の格差があり、最高裁で違憲判決が出ている。これは、都市部と地方とのあいだの格差であると同時に、相対的に都市部には若者が多く、地方には高齢者が多いことから、世代間格差の問題でもある。これを是正することが、若い世代の政治力を高める方向に寄与するだろう。
(おぐろ・かずまさ)
法政大学経済学部准教授
1974年生まれ。京都大学理学部卒業、一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。大蔵省(現・財務省)入省後、財務省財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授などを経て、2013年4月から法政大学経済学部准教授。内閣府経済社会総合研究所客員研究員、財務省財務総合政策研究所上席客員研究員、経済産業省経済産業研究所コンサルティングフェロー。内閣府「経済社会構造に関する有識者会議」制度・規範ワーキング・グループ「世代会計専門チーム」メンバー。専門は公共経済学。
著書に『2020年、日本が破綻する日』(日経プレミアシリーズ)、共著に『日本破綻を防ぐ2つのプラン』(日経プレミアシリーズ)、『世代間格差ってなんだ』(PHP新書)、『人口減少社会の社会保障制度改革の研究』(中央経済社)などがある。
<書籍紹介>
デフレ脱却、2%のインフレ達成――明るいムードが漂う日本経済、はたしてこれで再生できるのか? 日本が背負う社会保障負担の真実。