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憲法議論の前に知っておきたい「憲法の3つの顔」

木村草太(首都大学東京法学系准教授)

2014年05月02日 公開 2017年10月08日 更新

第三の顔:歴史物語の象徴

憲法典に国内の最高法規・外交宣言という側面があるという話は、言われてみれば「なるほど」とすぐに納得していただけるだろう。これに対し、第三の側面は、少し分かりにくいかもしれない。

文章は、その文言が表現する内容とは全く無関係に、ある種の物語を象徴してしまうことがある。例えば、夫が妻に「洗い物やっといて」というメモを残したとする。この文章は、ごく普通に考えれば、日常的な家事の依頼に思われる。しかし場合によっては、長年の積もり積もった不公平な家事負担の象徴となり、離婚の引き金になってしまう、ということもあり得る。

もちろん、そんな重大な物語を象徴してしまう文章は、それほど多くない。特に、法律文書というのは、立法の必要性が社会の中で認識され、国会での議論を経て成立するのだから、そこにあるのは、法律としての技術的な側面のみのはずである。

しかし、憲法典は、戦争や革命など重大な歴史的事件の中で作られ、「歴史物語の象徴」としての側面を持ってしまうことが一般的である。例えば、フランス人権宣言(これは現在のフランス憲法の一部になっている)は1789年の大革命の歴史を象徴しているし、アメリカ合衆国憲法は独立宣言に連なる建国の歴史を象徴している。そして、日本国憲法も、その例外ではない。

憲法典には、こうした歴史物語の象徴としての側面があるため、他の法律と異なり、熱烈な愛着や激しい憎悪の対象となり得る。それゆえ、明らかに法律文書としての欠点があるのに改憲反対の議論が横行したり、逆に、変える必要もないのに強固な改憲論が渦巻いたりする。合理的な精神を持つ人々は、憲法論から遠ざかり、ますます感情論だけが渦巻いてしまう。憲法典を巡る議論は、しばしば、不合理で感情的なものになり、建設的な提案が無視されてしまうのである。
 

議論の心構え

以上に見たように、憲法典を巡る議論状況を理解するには、(1)国内の最高法規、(2)外交宣言、(3)歴史物語の象徴という、3つの側面があることに注意が必要である。憲法論議をする場合は、どの側面の話をしているのかをしっかりと意識した上で進めなければ、不毛な混乱に陥るだけである。

実りある憲法論議をしようと思うなら、まず、(1)国内の最高法規としての側面については、正確な法内容の知識、基礎理論に基づく議論が要求される。さらに、(2)外交宣言の側面については、冷徹な状況判断が重要になる。この2つの側面は、法学ないし国際政治・外交論という専門的な視点から議論されねばならない。

これに対し、(3)歴史物語の象徴としての側面について語る場合には、人の心や思いといった、個人的な事柄についての豊富な想像力が必要になる。歴史の体験や評価は人によって異なっており、憲法にどのような物語を読み込むかは、人によって異なるからである。

このように、一口に「憲法を議論する」と言っても、どの側面を扱うかで、それぞれ異なる心構えが要求される。ここを押さえた上で、議論を進めていくことが大切である。

《PHP新書『テレビが伝えない憲法の話』より》

著者紹介

木村草太(きむら・そうた)

首都大学東京法学系准教授

1980年、横浜市生まれ。東京大学法学部卒業、同助手を経て、現在、首都大学東京法学系准教授。専攻は憲法学。
助手論文を基に『平等なき平等条項論』(東京大学出版会)を上梓。法科大学院での講義をまとめた『憲法の急所』(羽鳥書店)は「東大生協で最も売れている本」「全法科大学院生必読の書」と話題に。近刊には『キヨミズ准教授の法学入門』(星海杜新書)、『憲法の創造力』(NHK出版新書)、『未完の憲法』(奥平康弘先生との共著・潮出版社)、『憲法学再入門』(西村裕一先生との共著・有斐閣)がある。

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