打たれ強い「レジリエンス・リーダー」が求められる3つの理由
2015年02月12日 公開 2024年12月16日 更新
《PHPビジネス新書『リーダーのための「レジリエンス」入門』より》
カリスマリーダーの限界
この本は、おそらくレジリエンス・リーダーについて書かれた最初の本ではないかと思います。レジリエンス・リーダーとはずばり、『打たれ強いリーダー』を指します。
組織・経営学者がまとめた学術的なリーダーシップ論や、著名な経営者が自伝的に書き残したりーダー本は数多くありますが、「打たれ強いリーダー」について心理学的な知見を踏まえて語るビジネス書はあまりないと思います。
そんななか、私が今、この本を執筆したのには理由があります。それは、今の日本に「新しいリーダー像」が必要だと考えるからです。それには3つの理由があります。
1つ目が、「カリスマリーダーの限界」です。今までリーダーの模範とされたアメリカ的な「強権型リーダー」に限界が来ていると感じるからです。20世紀には大声を張りあげて集団を率いるようなリーダーが求められていましたし、実際、そのようなリーダーは活躍し成果もあげていました。社員もそんなりーダーを頼りとし、ついて行きました。
ところが、現在の企業組織では、カリスマだけでは人がついてきません。その理由の1つに、組織で働く多くの人たちが、ピーター・ドラッカーのいう「知識労働者」にシフトしたことが考えられます。
知識労働者はそれまでの労働者(ワーカー)と異なり、専門的な知識を自らの資本とする「ナレッジワーカー」です。その知識を武器として結果を出しています。
昭和の時代は本社に鎮座するカリスマリーダーが「右向け、右!」という指令を発すれば、業務が滞り無く進んでいたのかもしれません。しかし、変化のスピードが増した現代では、最前線にいる社員をエンパワーし権限委譲しないことには、本社がガラパゴス化し、市場の変化に取り残されてしまうリスクがあります。知識を武器として、フロントで意思決定できる社員が、命令に従うフォロワーよりも活躍できるのです。
そして、ナレッジワーカーが増えるにつれて、カリスマリーダーはリスペクトされにくくなります。知識を武器とする部下は上司よりも豊富な知識をもっているので、リーダーに、いくら経験に裏打ちされたカリスマ性があったとしても、その経験や知識が時代遅れとなってくるからです。若手に「あの人はわかっちゃいないよ」と馬鹿にされる現象は、こうして起こります。
2つ目の理由が、「グローバル化」です。今の日本企業は急速にグローバル化しています。大企業はもちろん、中小企業のグローバル化が目覚ましい勢いで進んでいます。私はシンガポールに住んでいるのでその流れを実感しています。地方の会社や飲食店が、東京に進出する前にまずシンガポールに海外拠点を構え、そこからアジア新興国に展開しようとするケースが目立ちます。
グローバル化が進むと、私たちビジネスパーソンにはどんな新しい能力が必要とされるのでしょうか。語学力も大切です。異文化理解も重要です。しかし、それだけでは海外で生き残っていくためには充分ではありません。
私は「変化適応力」が必要だと考えています。変化に抵抗するのではなく、変化を積極的に受け入れ、柔軟に対応できる力量をもつ人材が海外では必要とされているのです。なぜなら、国内と違って海外では予想外のトラブルや失敗、そして試練や修羅場がつきものだからです。予測不能な将来や不確かな状況の中で前に進んでいくメンタルのたくましさが欠かせません。つまりリーダーに高い変化適応力がないと、海外にいくら人材を派遣しても、任期途中で「失敗駐在員」として出戻りしてしまいます。
3つ目の理由が、「リーダーのメンタル面での課題」です。多忙とストレスと業務のプレッシャーを抱え、日夜ハードに仕事をしているリーダーのなかには、体だけでなく心が疲労している人が増えています。その結果、バーンアウト(燃え尽き症候群)やうつ病などのメンタルの問題に直面する人が少なくありません。心が折れてしまうのです。
会社への忠誠心が強く、まじめでがんばり屋なりーダーほど、キャリア半ばで精神面が原因で挫折してしまう。これは本人にとっても、組織にとっても不幸なことです。
この問題の根本には、リーダー自身が自分の仕事を「感情労働」だと認識していないことがあります。感情労働とは、労働内容の不可欠な構成要素として、「適切な感情の在り方」が規定されている仕事を示します。看護師や接客サービス業務など、対人関係が伴う職務が感情労働の代表とされてきました。
しかし、現代社会では、リーダーという仕事も感情労働とカテゴリされつつあります。なぜなら、部下やスタッフが「多様化」し、ピープルマネジメントで感情をすり減らすことが多くなっているからです。たとえば、正社員の女性と派遣・パート社員の女性を管理するリーダーがいます。ただ、派遣・パート社員の職務内容が正社員とかなり似ていた場合、「なぜ同じような仕事なのに待遇が違うのか」と不満をもたれることがあります。そのときに、リーダーは説明責任を負わなくてはいけません。これだけで気疲れするマネージャーも少なくありません。
また、組織の若返り化や定年延長とシニア社員の再雇用などの人事改革により、年長の部下をもつリーダーが増えています。さらには女性活用支援の推進により、女性マネージャーが男性の部下をもつことも当たり前となっています。これも感情面で気を使います。
外国人社員との人間関係も神経をすり減らします。直接の部下ではなくても、チームリーダーとして買収先などの外国人社員がいた場合、慣れない英語で、自己主張が強く感情を前に出す外国人社員と関わらなくてはいけません。この状態が続くと、ストレスを抱え、精神面でまいってしまいます。
さらには、メンタル面が弱い部下の面倒を見る場合もあります。心が脆弱になっているので叱るに叱れない。下手な対応をすると、欠勤・離職につながる恐れがある。かといって何もしないと本人の仕事が進まない。気を使うリーダーの心が疲れてしまいます。
このように、今の組織では、カリスマ的な強権型リーダーに限界が見られ、グローバル化か進むにつれて新たなたくましさをもつリーダーが必要とされ、さらには感情労働者として悩むリーダーのメンタル面での課題が出てきているのではないかと考えられます。
これは必ずしも企業だけの問題ではありません。行政や役所、警察署や消防署などの公的機関にも、医療や介護、学校教育に関わる人にも見られる課題です。今までにない、新しいリーダー像が求められているのです。
(くぜ・こうじ)
ポジティブサイコロジースクール代表、株式会社レジリエンスコンサルティング代表収締役
慶應義塾大学卒。P&Gにて、高級化粧品ブランドのマーケティング責任者としてブランド経営、商品・広告開発。次世代リーダー育成に携わる。その後、ポジティブ心理学およびレジリエンスを活用した人材育成に従事。NHK 「クローズアップ現代」にてレジリエンス研修が放映された。著書に『世界のエリートがIQ・学歴よりも重視!「レジリエンス」の鍛え方』(実業之日本社)、『なぜ、一流の人はハードワークでも心が疲れないのか?』(SBクリエイティブ)などがある。
認定レジリェンスマスタートレーナー。
<書籍紹介>
久世浩司 著
これまでのリーダー像を捨てるべき時がやってきた。目指すべきは、「打たれ強く、折れない」レジリエンス・リーダー。その資質とは。