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読むだけで文章力が身につく「プロのコツ」とは

渋谷和宏(『日経ビジネスアソシエ』創刊編集長/経済ジャーナリスト)

2015年01月19日 公開 2024年12月16日 更新

《PHPビジネス新書『文章は読むだけで上手くなる』より》

 

 「文章は書かなくても上手くなる。文章を読むだけで書く力が身につき、論旨が明快な説得力のある文章を書けるようになる」

 そう言ったら皆さんは驚かれるかもしれません。そんな美味しい話かあるものかと疑う人も少なくないでしょう。

 無理はありません。これまで数々の文章指南書が「どれほど多くの名文に接したところで読みやすい文章が自然に口をついて出てくるようにはならない」と繰り返し指摘してきました。

 「文章を読むときに使う脳の領域と書くときに使う脳の領域は違う。書く力を伸ばすには手を動かすしかない。書かなければ文章は上達しない」

 そう断言する指南書もあります。

 それらの指摘は半分正しいが、半分間違っていると僕は思います。

 たしかに、ただ何となく文章を読んでいるだけでは文章力は身につきません。

 しかし、あるやり方に基づいて意識的に文章を読むようにすれば、書く力は確実かつ着実に養われていきます。パソコンや原稿用紙を前にウンウンうならなくても論旨の明快な説得力のある文章を書けるようになっていきます。手を動かすだけが書く力を伸ばす唯一の方法ではありません。

 では、そのやり方とは?

 この章では、これまでだれも触れなかった「読むだけで文章力が身につく」コツを具体的かつ実践的に伝授していこうと思います。

 まずは皆さんに、文章が持つ、ある興味深い特質を体験していただきましょう。

 以下、A、A'、B、B'の4つの文章が並んでいます。AとA'、BとB'は文意――文章の言わんとするところは一緒です。

 ではAとA'、BとB'はそれぞれどちらが読みやすく、わかりやすいでしょうか。読み比べてみてください。

<A>
 週末ともなれば多くのランナーか皇居周辺に集う。ランニングがかつてないブームに沸いている。テレビでは女優やお笑いタレントが長距離走に挑戦する企画をよく目にする。あなたの周りにも最近ランニングを始めた人がいるのではないだろうか。

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 ランニングがかつてないブームに沸いている。週末ともなれば多くのランナーが皇居周辺に集う。テレビでは女優やお笑いタレントが長距離走に挑戦する企画をよく目にする。あなたの周りにも最近ランニングを始めた人がいるのではないだろうか。

<B>
 集計方法によってその数には幅があるが、2013年版のレジャー白書によれば、ランニング愛好家は2450万人に達する。日本のランニング人口はとても多い。およそ国民の5人に1人が定期的に走っている計算になる。

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 日本のランニング人口はとても多い。集計方法によってその数には幅があるが、2013年版のレジャー白書によれば、ランニング愛好家は2450万人に達する。およそ国民の5人に1人が定期的に走っている計算になる。

 

文章の「わかりやすさ」「わかりにくさ」を分かつのは文の順番である

 どちらがわかりやすいか、言うまでもありませんね。

 A'とB'です。

 なぜA'とB'がわかりやすいのか。

 AとA'、BとB'はそれぞれ文意だけでなく文章を構成する文もすべて一緒です。

 にもかかわらず読みやすさ、わかりやすさに格段の差があるのは、皆さんもすでにお気づきのとおり文の順番が違うからです。

 AとA'、BとB'はそれぞれ文の並び方が異なっています。

 では、なぜ文の順番が違うだけで、読みやすさ、わかりやすさに差が生じてしまうのか。わかりやすい文の並び方、わかりにくい文の並び方-そこには何かしら共通点や法則性があるのでしょうか。

 それらを説明するために別の例文を紹介したいと思います。

 次の2つの文章を読み比べてください。

<C>
 「男は中身」はもはや死語だろう。女性やビジネスの相手に与える好感度を少しでも上げたい――そんな男たちをターゲットにした「男は見た目」市場が空前の活況を呈している。
 その筆頭は男性向けのつけまつげサービスだ。目元をはっきりさせたいと、まつげに人工の毛をつける「まつげエクステンション」をする男が急増している。東京・渋谷区にある、まつげエクステンション専門店では2年前に男性コースを開設して以来、右肩上がりで男性客が増え続け、今や客全体の1割に達する。
 彼らの多くは営業マンや経営者だ。目的は顧客や取引先に好印象を与えるためだという。「顔の印象は大事ですから。私たち日本人は欧米人に比べてまつげの本数が少なく下向きが多いそうで、つけまつげの効果は大きいとお店の人に聞きました。たしかに上向きのまつげをつけると顔つきが明るくなりますね」30代の営業マンはこう語る。

<D>
 「まったく、急に出口を示されて『こっちに来い』と。夜行性のフクロウは困り果てていますよ」。東京のベイェリアに建つ超高層ビル、その最上階にある本社オフィスで、24時間営業のレストランチェーンを展開するヘーゼルナッツの会長兼CEO(最高経営責任者)、持田一郎は苦笑交じりにつぶやいた。
 大手スーパーのトモスがドラッグストアを展開するカワグチケアヘのTOB(株式公開買い付け)に名乗りを上げた翌日のこと。もちろん、フクロウは困惑する持田自身のことだ。
 先にTOBに動いたヘーゼル、カワグチケア経営陣の要請を受けたトモス。「カワグチケアの株を100株しか持っていなくて、100パーセント取りに来たトモスが白馬の騎士なら、こっちは強盗ですか。それは違うのではないか」。持田はこうも語ったが、30パーセントを握っていたヘーゼルが買い付けることができた株もまた100株。陽の光にさらされ、身動きが取れなくなったフクロウさながら、持田の買収劇は失敗に終わった。

 ちなみにCは、僕が出演しているラジオ番組『森本毅郎・スタンバイ』(TBSラジオ、月曜~金曜6時30分~8時30分)のトークファイルというコーナーのため、僕が自身のコメント用に書いた原稿です。

 トークファイルは毎回、時事的な話題を取り上げ、その影響や背後に潜む変化のトレンドをわかりやすく解説する、いわば喋るコラムです。僕はいつも自分で原稿を書き、それに沿ってコメントしています。

 一方、Dはある雑誌に掲載された文章をもとにしています。雑誌と執筆奢の名誉のため、固有名詞を架空の名称に変え、事実関係や表現を改変するなどしましたが、わかりにくさのレベルは変えていません。

 なぜCはわかりやすく、Dはわかりにくいのでしょうか。

 その理由は、Cは守るべき文の順番のルールに則して書かれているが、Dはそのルールを逸脱してしまっているからです。

 どういうことか、順番に説明していきましょう。

 ご承知のとおり、文章は小段落が集まって構成され、小段落は文が連なって構成されています。

 逆に言うと、文が連なったひとかたまりの文章が小段落となり、小段落が集まって全体の文章を構成します。

 この構造を踏まえて、まずはCの文章を、小段落の最初の一文に注目してもう一度、お読みください。

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リーダーとしての文、フォロワーとしての文

著者紹介

渋谷和宏(しぶや・かずひろ)

作家・経済ジャーナリスト、大正大学表現学部客員教授

1959年横浜市生まれ。1984年日経BP社に入社。日経ビジネス記者として取材、執筆を行う。1998年同誌副編集長、2002年日経ビジネスアソシエを創刊し初代編集長を務め、2006年4月18日号では10万部を突破する。日経ビジネス発行人などを務めた後、2014年3月末、日経BP社を退職、独立。現在は作家、TVコメンテーター、ラジオパーソナリティーなど幅広く活躍している。
主な著書に長編ミステリーの『銹色(さびいろ)の警鐘』(中央公論新社)『罪人(とがびと)の愛』(幻冬舎)、ノンフィクションの『稲盛和夫 独占に挑む』(日本経済新聞出版社)など(以上、渋沢和樹の筆名)。主な出演番組は『シューイチ』(日本テレビ)『森本毅郎・スタンバイ!』(TBSラジオ)『まるわかり!日曜ニュース深堀り』(BS-TBS)『渋谷和宏・ヒント』(TBSラジオ)など。趣味はランニングと大衆酒場めぐり。

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