日本コカ・コーラ会長の「社員を成長させる経営」
2010年11月09日 公開 2024年12月16日 更新
コミュニケーションはテクニックではない
――人の心に火を点けるのは、なかなか難しいことですね。
【魚谷】 大切なのは、コミュニケーションのとり方です。やはり、人の心に届く、心に響くコミュニケーションをすることが大切だと思います。
――日本人は、全般的にコミュニケーションが苦手です。
【魚谷】 「俺はこんなにすごいことを考えているのに、なんでみんなわかってくれないんだ」なんて歯ぎしりをしているビジネスマンが非常に多いと思います。彼らは、人の心に届くコミュニケーションができていないんですね。
――魚谷会長は、もともとコミュニケーションが得意だったのですか。
【魚谷】 僕は高校時代、落語研究会に入っていたので、人と話すのは得意なほうだと思っていました。ところが、アメリカのビジネス・スクールに入って、劣等感の塊になってしまったのです。
アメリカは多民族国家ですから、日本のように以心伝心とか阿吽(あうん)の呼吸なんてことは、まったくない世界。自分の意見をはっきりいわなければ、認めてもらえない国です。だからみんな、子供のころから自己主張の訓練をしているのです。
僕のいたクラスは、三十何カ国から学生が集まっていましたが、欧米系も南米系もとにかくものすごく自己主張をする。よくよく中身を開いてみると、たいしたことを言っているわけではないのですが、自己主張ができないとグローバルな世界では生きていけないことを痛感しました。
――自己主張の訓練をなさったのですか。
【魚谷】 実は、担当教授から「もっと積極的に発言しないと落第させる」といわれまして、もうアパートを出る時から映画『ロッキー』のテーマとか聴きながら、「今日はいちばんに手を挙げるぞ!」と気合を入れて、教室のいちばん前に座るようにしました。それでも、僕より先に手を挙げる奴がいるんですよ(笑)。
――世界は手ごわいですね(笑)。
【魚谷】 このままじゃマズイと思ってある人に相談したら、デール・カーネギー・スクールというコミュニケーションの方法を教える学校があると教えてくれたのです。藁(わら)をもすがる思いで、その学校に入学しました。
20人ぐらいのクラスに入りましたが、日本人は僕1人。IBMのセールス・マンやウォール・ストリート・ジャーナルの記者など、いろいろな人がいました。1つわかったのは、アメリカ人のなかにも、赤面してしまうようなシャイな人が存在するということです。
――効果はありましたか。
【魚谷】 昼間はビジネススクールに通いながら、デール・カーネギー・スクールには、夜間で4カ月ほど通いましたが、ここはコミュニケーションのテクニックを教える学校ではなく、心を開くためのメソッドをもっている学校でした。
とにかく恥をかけといわれて、みんなの前で、断末魔の状態になって「死にたくない!」と大声で叫ぶ練習とかね(笑)。最初は恥ずかしいのですが、みんなでやっているうちにだんだん恥ずかしくなくなってくるのです。要するに、コミュニケーションの上手い下手は、テクニックで決まるのではなく、気の持ちようで決まるのだということを学びました。
――人をインスパイアするコミュニケーションの能力は身につきましたか。
魚谷 : 卒業間近になったとき、非常に印象的な言葉を教わりました。相手をインスパイアするために有効なコミュニケーションの方法の第1は、まず相手の言葉を聞くこと。第2は、自分自身が情熱的に生きていることだと。自分に情熱がなかったら、相手がインスパイアされることなんてあり得ないのだと。
つまり、エモーショナル・リーダーシップを身に着けるために何が必要かといえば、自分自身が情熱をもって生きることなのです。
――ありがとうございました。
- 魚谷雅彦(うおたに まさひこ)
- 1954年奈良県生まれ。77年、同志社大学文学部卒業後、ライオン(株)に入社。
- 81年アメリカのコロンビア大学に留学。
- MBA取得後、帰国し、営業を経て本社企画部門に勤務。91年、クラフト・ジャパンに社長に就任。
- 94年、日本コカ・コーラ(株)に入社。
- 副社長を経て、01年10月代表取締役社長に就任。「26年ぶりの日本人社長」として話題を呼んだ。 その後、代表取締役会長を経て2007年4月より現職。