700年続く狂言の呼吸法「丹田呼吸」。狂言師の茂山千三郎さんは、この呼吸法を行うことで、心身へのリラックス効果が得られると語ります。書籍『カラダが20歳若返る!和儀 医師もみとめた狂言トレーニング』より、「丹田呼吸」のポイントをご紹介します。
※本稿は、茂山千三郎著『カラダが20歳若返る!和儀 医師もみとめた狂言トレーニング』(秀和システム)の一部を再編集したものです。
息は口から「吐き切れ!」
2020年のコロナ禍で起きた社会現象と言えば、アニメ(漫画)「鬼滅の刃」の大ブームではないでしょうか。アニメの中に出てくる「全集中! 〇〇の呼吸」は、子どもから大人まで多くの人が真似したセリフだったことでしょう。
奇しくも、コロナ禍は世界中の人々が常時マスク着用で生活しなければならなくなり、「百害あって一利なし」の浅い呼吸を強いられることとなりました。そんな中、多くの人が真似をした「〇〇の呼吸」が、じつは我々にとって正しい呼吸法を示していました。
丹田呼吸で重要なポイントの一つが、「息を口から完全に吐き切る」ことです。アニメが好きな人にはおなじみですが「鬼滅の刃」でも、「全集中!」と言った後に口元が強調されて、息を吐き切る描写があります。「呼吸」と言うと「息を吸うこと」をイメージする人が多いでしょう。
たとえば「はい、深呼吸」と言われれば、つい「吸って~、吐いて~」となってしまいます。しかし、じつは読んで字のごとく、本来は吐いてから吸うことが「呼吸」です。もっと言えば、正しくは「吐き切る」ことが重要なのです。
この「吐き切る」動作は、単なる呼吸法の一部ではなく、体内の酸素供給を最適化するための重要なプロセスです。
まず、体内に残る二酸化炭素を、しっかりと排出する必要があります。これは、新鮮な酸素を吸入するために、その効果を最大限に引き出すための準備作業です。息を吐き切ることで、横隔膜や腹横筋、骨盤底筋など、体幹の深層筋(インナーマッスルとも呼びます)が動員され、内臓を適度に刺激します。
また、筋肉の緊張をほぐし、血流を促進するため、肩こりや腰痛の緩和にも効果的です。さらに、しっかり吐き切ることは、精神面の安定にも寄与します。副交感神経が活性化され、心身がリラックス状態にも入るのです。これにより、ストレスや不安感が軽減され、集中力が高まります。
「吸うときは鼻から」がいい理由
しっかり息を吐き切った後で、新たな空気を吸いましょう。丹田呼吸を効果的に実践するためには、「吸う息は鼻から」という基本を守ることが重要です。
鼻呼吸には、口呼吸にはない多くの利点があります。まず、鼻の内部には繊毛と呼ばれる細かな毛があり、これが空気中のほこりや微生物をフィルターのように取り除いてくれます。さらに、鼻の粘膜が空気を温め、湿度を調整するため、冷たい乾燥した空気が直接肺に入ることを防ぎます。
このように、鼻呼吸は呼吸器系の保護機能を果たすので、風邪や感染症の予防にも効果的です。
鼻からの吸気は、口から吸うよりもゆっくりとしたペースで体内に取り込まれるため、より副交感神経が優位になります。また、深い鼻呼吸は酸素の吸収効率を高めるだけでなく、体の中での酸素と二酸化炭素のバランスを整える役割も果たします。これにより、全身のエネルギー代謝が最適化され、健康効果も向上するのです。鼻呼吸を徹底することで、丹田呼吸の効果が最大限に発揮されます。
呼吸の質が向上することで、心身のバランスが整い、慢性的な疲労やストレスを解消する手助けとなります。とくに、鼻呼吸は深い睡眠を促進するため、睡眠の質が向上し、朝の目覚めがスッキリとする効果もあります。鼻から息を吸うことで、呼吸が自然と深くなり、体全体がリラックスできるのです。
和儀では、この鼻呼吸の重要性を強調しており、狂言の演者たちも日常的に鼻呼吸を実践しています。鼻から吸うことで得られるリラックス効果や酸素供給の効率化は、健康維持だけでなく、パフォーマンス向上にもつながります。
つまり、鼻からの吸気が持つ自然なリズムは、身体の内外の調和を取り戻す鍵であり、私たちの心身によい影響を与えるのです。
呼吸によるリラックス効果を実感
正しい丹田呼吸を実践することで、もっと言えば「ただ呼吸をするだけで」リラックス効果が生まれるのは、不思議に思えるかもしれません。しかし、深い呼吸は、私たちの自律神経系に直接的な影響を与えます。
とくに、「副交感神経を優位にすること」は、心と体を落ち着かせるためにとても重要な要素です。日常生活でのストレスを感じたときだって、丹田呼吸を意識的におこなうだけで、心拍数が下がり、血圧が安定し、全身の緊張が解けていくのです。和儀では、とくにこのリラックス効果を重視しています。
丹田呼吸は、深くゆっくりとした呼吸法で、息を吸うときにも、吐くときも下丹田を引き上げているものをいいます。この呼吸を通じて、身体の内側からリラックスすることは、健康にとっても大切です。
また、丹田呼吸は横隔膜を大きく動かすため、内臓が刺激される効果もあり、消化機能の改善や便秘の解消に役立ちます。呼吸を通じてリラックス効果が得られるのは、脳内でリラックスホルモンであるセロトニンの分泌が促されるからです。
セロトニンは感情を安定させ、幸福感をもたらす神経伝達物質であり、深い呼吸をおこなうことで自然と分泌量が増えます。これにより、気分が落ち着き、不安や緊張感が軽減されるのです。
和儀に限らず、深い呼吸は心と体を結びつけ、瞑想状態に近い集中力を高める効果があります。精神的なストレスが軽減されると同時に、注意力が向上するため、仕事や学習の効率もアップします。
そのため、ヨガやマインドフルネスなどにも、積極的に取り入れられています。みなさんが、和儀を通して丹田呼吸を習得することで、日常生活をより豊かに、より健康的に送れるようになるはずです。
呼吸はただの生理的な行為ではなく、心身の健康を支える重要な作用であることを再認識する必要があります。