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日常に辞書を活かす!~飯間浩明の「日本語を使いこなす技術」2

飯間浩明(日本語学者/『三省堂国語辞典』編集委員)

2015年06月08日 公開 2023年02月01日 更新

 

使われていることばかどうか、辞書で調べる

 

辞書に「スパブロ」「フォロバ」はない

 「辞書を引く」と言うと、多くの人は、意味の分からない語句を調べることをイメージするでしょう。たしかに、辞書の重要な役割として、利用者にとって未知の語を解説するということがあります。

 ただ、未知の語と言ってもいろいろあります。インターネット上にあふれることばは、全部で何十万、何百万あるでしょうか。それを1冊の辞書で解説するのは不可能です。

 ある時、ネット上で「スパブロ」「フォロバ」ということばに行き当たりました。2015年3月現在、ネット辞書を含めて、この語を収録している国語辞典はありません。

 Google で検索すると、意味が分かりました。それぞれ「スパムブロック」(迷惑メールなどを遮断すること)、「フォローバック」(ツイッターでフォローしてくれている人を自分もフォローすること)の略です。

 これなら、国語辞典を引くより、ネット検索したほうがよさそうです。でも、調べたい語がないからといって、それがただちに辞書の欠陥であるとは言えません。おそらく、今後も「スパブロ」「フォロバ」を載せる辞書は少数に止まるでしょう。

 辞書、特に小型国語辞典の場合は、現実にあることばを何でも載せるという方針は採っていません。多くの人に広く使われ、しかも、この先も長く使われるであろうことばを選んで載せています。小型辞典は、多くの人々がコミュニケーションを行うのに役立つと判断したことばを中心に集めているのです。

 

現代の文章で「鳳眠」は使えるか

 人とコミュニケーションするときは、相手に伝わることばを選ぶことが必要です。そのことばが辞書にあるかどうかは、ひとつの判断基準になります。

 たとえば、ある人が文章を書くとき、「鳳眠〈ほうみん〉」ということばを使いたいと思ったとしましょう。このことばは相手に理解されるでしょうか。

 「鳳眠」は、夏目漱そう石せき「吾わが輩はいは猫である」に出てきます。

 「いや御目覚めかね。鳳眠を驚かし奉って甚はなはだ相済まん」

 これは相手の眠りを指す尊敬語です。ところが、『広辞苑』などの大型辞典にも「鳳眠」は載っていません。このことばを使うのは、実は漱石ぐらいのものだからです。

 現代では、「鳳眠」はほとんど使われず、説明なしに使っても相手に伝わらない可能性が高い。そこで、現代の辞書には載せていないのです。

 あることばを自分の文章に使いたいとき、まず辞書で確かめてみる。載っていれば安心して使い、載っていなければ慎重に考える。これもまた辞書の使い方のひとつです。

 もっとも、編纂者が見落とした結果、重要なことばが辞書に載らない、ということもあります。昔、ある有名な国語辞典には「並ぶ」が載っていませんでした。基本的な動詞ですが、ついうっかり漏らしたのですね。こういうことがないよう、編纂者は細心の注意を払わなければなりません。

 

「完読」ということばはあるか

 使われていることばかどうかを辞書で調べる、という実例をお目にかけましょう。

 量の多い料理を全部食べてしまうという意味の「完食」ということばがあります。21世紀に入ってから広まりました。これと同じような言い方で「完読」ということばがあるのに気づきました。最初に目にしたのは「『失われた時を求めて』を完読する」という雑誌記事のタイトルで、08年のことでした。意味は、全部読んでしまうことです。

 こういうとき、普通は「読破」と言うのではないかと、私は思いました。いくつかの大型辞典を見てみたところ、「完読」を載せている辞書はありませんでした。きっと、「完食」をもじって、わざと使っているに違いないと確信を深めました。

 ところが、わが『三省堂国語辞典』(三国)を確かめてみると、「完読」は1992年の第4版から載っていました。「完食」より早くからあることが分かりました。

 資料によれば、「完読」はすでに60年前後から例があります。『三国』は、それ以来の実例をもとに、定着したと判断し、第4版で見出しに立てたのです。

 「完読」を自分の文章に使うかどうか迷ったとき、『三国』を基準にする人は、安心して使うことができるでしょう。一方、他の多くの辞書に載っていないことを理由に、使用を控えるという考え方もあるでしょう。

 そのことばを使うかどうかを決めるために、国語辞典は有用です。1冊だけで「載ってない」と判断せず、複数の辞書を見ることをお勧めします。

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