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日本語はなぜ「日本の共通語」なのか? ― 地形で解く日本史の謎

竹村公太郎(元国土交通省河川局長/リバーフロント研究所研究参与)

2014年07月11日 公開 2024年12月16日 更新

《PHP文庫『日本史の謎は「地形」で解ける〔環境・民族編〕』より》

 

日本語が共通の言葉として束ねられた力とは

 

地勢から見て驚くべき「日本語の単一性」

 言語は地方ごとに細分化し、共同体ごとに細分化する宿命を持つ。

 その言語の宿命を克服して、1億2000万の日本人は21世紀まで同一の日本語を存続させた。

 先述したように、日本列島は細長く、北緯45度から25度まで3500kmもある。ヨーロッパならイタリアとフランスの国境からエジプトの南端まであり、アメリカ大陸ではカナダ国境からメキシコまである。

 日本列島の地形と気象の差は著しい。亜寒帯から亜熱帯まであり、さらに列島の中央には脊梁山脈が走っている。そのため、同じ緯度でも日本海側と太平洋側の気候はがらりと異なる。

 冬、豪雪の金沢から飛行機に乗れば1時間でほぼ同じ緯度の羽田に着く。飛行機から降りた瞬間、改めて東京の暖かさに驚かされる。金沢から見れば、東京はまさに外国である。

 地形と気象が異なれば人々の産業、生活、文化、風俗は異なる。日本列島の生活様式を色で表わせば、まるで「パッチワーク」のようだ。

 地形と気象で分断された人々は排他的な共同体を形成し、独特の話し言葉と文字を持つようになる。しかし、日本列島の人々は同じ言葉で話し、同じ文字を書いている。

 これは、地形と気象から見て驚くべきことだ。

 

日本語は「方言」で踏み止まった

 細長い日本列島の1億2000万人もの日本人が、同じ日本語で話し、同じ日本文字で読み書きしている。これは決して当たり前ではなく、世界的にも珍しい。

 図は、国境を取り払った世界の第一言語の人口割合を表している。日本人は自身の言語を低く評価しがちだが、思っている以上に世界の中では存在感のある言語であることが分かる。

 奈良時代、大和ことばは中国の漢字を文字として利用した。そしていつの間にか、ひらがなとカタカナを併用した巧妙な日本語が形成されていった。

 貴族、武将、商人などが残した各地の文書を見ると、古くから日本文字は全国共通だったことが分かる。しかし、文字が共通でも、会話が共通だったかどうかは別である。文字が同じでも、発音がまったく違う中国語と日本語の例もある。

 日本には発音が異なる津軽弁や薩摩弁など、多くの方言があった。それらの人々の発音の相違は、加速していく運命にあったはずだ。各地の発音が一地方の方言で踏み止まり、「異なる言語」へ進化しなかった理由は何だったのか?

 日本語が共通の話し言葉として、束ねられた力は何か?

 日本列島の会ったこともない遠くの人々が、同じ言語を話す。それには強い意志と力が必要となる。

 意志とはコミュニケーションへの強い思いであり、力とは人々の言語をばらばらに散らさないで束ねる力である。

 

今と昔の「日本語を束ねる力」

 現代の日本語を束ねている力は、明らかである。それはテレビである。

 現在の日本人は生まれて気がついたときには、テレビの前に座っている。毎日アニメを観て、ドラマを観て、出来事を知り、スポーツを観戦している。

 東京から発する強烈な情報エネルギーは、3500kmの長さの列島に住む人々に日本語を受け入れさせている。暴力的とも思われるテレビの束ねる力に、誰も抵抗できない。

 では、テレビやラジオが登場する以前、日本語を束ねた力は何だったのか?

 近代の明治になったとき、日本人は当然のように日本語を話していた。全国各地から東京に集まった日本人は、憲法を作り、国会を開設し、国民国家の体裁をあっという間に整えた。

 このとき、人々の間に通訳はいなかった。言語が障害になることはなかった。

 近代日本になる以前、すでに日本語は確立していた。日本人を日本語で束ねたのはいつ? どのような力だったのか?

 平安時代、鎌倉時代、室町時代、戦国時代を見ても、青森から九州まで全国の日本人を束ねた大きな力の形跡はない。残されたのは江戸時代である。

 やはり、それは江戸時代にあった。

 江戸時代、江戸からの強烈な情報発信システムが存在した。それは強権を伴う力ではなく、あくまでソフトシステムであった。

 書籍、言葉、絵画、芝居、服装、流行と、あらゆる情報が江戸から発信されるソフトシステムであった。日本列島の人々は、そのソフトの情報システムを受け入れていった。

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