〈強い会社に理念あり〉長野・中央タクシー/ “サービス業”のその先へ
2015年09月15日 公開 2024年12月16日 更新
《隔月刊誌『PHP松下幸之助塾』より》
お客様の人生と向き合う仕事
低迷を続ける地方タクシー業界。そんななか、地元住民から厚い支持を受け、車両の9割が予約で埋まる驚きの会社がある。JR長野駅から車で30分の「山奥」に本社を置く、中央タクシーだ。「研修が充実していて、同僚の人柄もいい。とても働きやすい」。そう笑顔で話すのは、駅から取材スタッフを送ってくださった乗務員の小山悦男さん。社員一人ひとりに理念を浸透させ、「中央タクシーブランド」を確立した手法を、創業者の宇都宮恒久氏が語る。
〈取材・構成:唐仁原俊博/写真撮影:村松弘敏〉
地域から信頼されるタクシー会社
中央タクシーには、ふつうのタクシー会社と比べて変わっているところがいくつもあると思います。たとえば、小中学生が職場見学に訪れること。依頼を受けたときは、私自身も驚くと同時に、とてもありがたいことだと感じました。取り組みが始まって、もう10年になりますが、タクシー業界で小中学生の見学先に選ばれている会社を、私はほかに知りません。
これは、地域において、社会的な価値を認めていただいている1つの証ともいえるでしょう。ここ数年は、私たちがふだん行なっている朝礼を中学校に出向いて紹介し、生徒たちとコミュニケーションを取る「出前授業」をする機会も増えてきました。最初はおどおどしていた生徒が、終わるころにはニコニコ顔でピースサインをしてくれたりすると、「お役に立てたかな」とうれしくなります。
おかげさまで中央タクシーは、金融機関からも高い評価をいただいています。地域との強い信頼関係が、社会的信用につながっているのです。銀行から信用を得ようと思えば、高い利益率を確保し、とにかく売り上げを伸ばそうと躍起になる会社も多いかもしれません。しかし、私たちのスタート地点はまったく異なります。経営理念に「お客様が先 利益は後」を掲げ、社員が一丸となって理想に近づくために行動してきました。その結果として現在の中央タクシーがあるのです。
自分の仕事に誇りを持てるようになりたい
中央タクシーを創業した1975(昭和50)年ごろ、タクシー業界には「サービス業に従事している」という意識を持っている人が少なかったように思います。むしろ、接客などは上から目線。自分たちは国から許認可を受けてやっているんだ、だから客に対してもヘイコラする必要なんかない。そんな態度がまかり通っていたのです。
配車の連絡をいただいて、ご自宅まで伺っても、乗務員は車から降りません。クラクションを鳴らして、お客様を呼び出すのが当たり前の時代でした。こんな仕事振りだと、どうしても社会的な地位は低く見られてしまいます。私はタクシー会社を営む家に生まれましたから、そういう空気を肌身で感じていました。
自分が携わる業界が、社会的に評価してもらえない。こんなに悲しいことはありません。だから私は、自分の仕事に誇りを持つために、社会に認められる価値を生み出さねばならないと考えました。それには、お客様を目的地まで送り届けさえすればいいという発想を捨てて、お客様本位で仕事を捉え直す必要があります。運送業ではなく、サービス業としてのタクシー会社をめざそう。そんな思いを込めて創業しました。
まず決めたのは、お客様との関係において、「能率」や「効率」という言葉を使わないようにしようということ。能率を上げたり効率化したりして助かるのは、会社や社員であって、お客様ではありません。お客様の目線で見れば、ゆっくりご乗車いただいて、心地よく過ごしていただくのがいちばんいいはずです。
たとえば、中央タクシーの代名詞ともなっている「ドアサービス」。ドアを自動で開閉すれば、乗務員は楽だし、効率はいいのかもしれません。しかし、お客様に急いで降りていただいたとして、それが何につながるのか。お客様を降ろしたあと、本社に戻って待機したり、駅前で客待ちをしたりするのなら、手間はかかっても乗務員が声をお掛けしながら自分の手でドアを開けたほうが、お客様には喜んでいただけるでしょう。私たちが高品質のサービスを提供することができれば、それを気に入ってくださるお客様は必ずいらっしゃる。だから、能率や効率を追い求めるのではなく、リピーターを増やそうと考えました。それが中央タクシーの原点です。
☆本サイトの記事は、雑誌掲載記事の冒頭部分を抜粋したものです。