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生き方

ダスキン創業者・鈴木清一の不屈の精神

神渡良平(作家)

2011年08月04日 公開 2024年12月16日 更新

神渡良平:著『敗れざる者』「あとがき」から

平成23年(2011)3月11日、午後2時46分、マグニチュード9.0という巨大な地震が東日本を襲って2万人以上の人々が犠牲となり、あわせて福島第一原子力発電所の大惨事が起きた。私はあのとき、自宅の書斎で拙著『敗れざる者』を執筆中で、昭和39年(1964)、世界一のワックスメーカーのジョンソン社に自社ケントクを乗っ取られた鈴木清一氏が、かねて師事していた一燈園の西田天香(てんこう)さんに相談に行った件(くだり)を書き終わったところだった。

鈴木氏はかねがね「損と得とあらば損の道をゆく」を信条としていたが、いざ実際にそういう場面に遭遇すると、信条とは裏腹に、はらわたが煮えくり返ってしまった。

意見を求められた天香さんは、自分も巻き込まれた関東大震災の話をした。

「私は御殿場近くの汽車の中であの大震災に遭遇しました。東京に入ってみると阿鼻叫喚(あびきょうかん)の巷と化し、燃え盛る紅蓮(ぐれん)の炎に巻かれて焼け死んだ人の遺体をそこここに見ました。想像を絶する大惨事に直面し、私は荒灰の中につっ伏してお詫びしました。

『関東の方々、どうぞ許してください。私が気づくのが遅かったばかりに、こんな大惨事が起きてしまいました』

私には他人事と思えなかったのです。自分への警告と思われ、これは身を正さなければと反省したのです。瓦礫の後片付けを手伝ったあと、京都に引き返すと、それまで住んでいた家を引き払い、裸ひとつで出直しました。

鈴木さん、天はあなたの中の甘えを削ぎ落とすために、今度の出来事を仕組まれたのではないでしょうか。あなたが祈りの経営を実践し、道と経済の合一を果たそうとしても、あなたの中にないものは顕現しようがありません。まずあなたの中に形成されて、次にあなたの会社に実現されていくものです。

今度のことはお光があなたに課した"行"だと思いなさい。辛く悲しい行です。でもその行を経て、あなたの中に新しいものが育ったとき、そこから新しいひこばえが育つのです。誰も恨んじゃいけません。全部自分への諭しだと思って、感謝して受けとめなさい」

鈴木氏はその諭しを聞いて、はじめて人間的な迷いが吹っ切れた。そしてもう一度ゼロから出発し、ついにダスキン王国を創り上げたのだ。

私はそんな出来事を書いていたのだが、あまりに符合することが多く、驚いてしまった。私も評論家的に無責任にものを言うのではなく、荒灰の中にひれ伏してまずお詫びし、新しい質が育ち、そこから新たなひこばえが芽吹くよう、精進しなければいけないと思った。

ところで実に的確な諭しをした天香さんが依拠していたお光とは、宇宙、大自然、あるいは神仏のことである。この視点に立つとき、人間はこの世的迷いから解放される。
 ヒマラヤ山脈の世界第3の高峰カンチェンジュンガの山ふところで、カリアッパ師について修行してついに悟りを開き、その歓喜が死の病と恐れられていた肺結核を吹き飛ばしてしまった中村天風のことを書くため、私は現地取材したときのことを思い出す。

夜、戸外のひんやりした冷気に包まれ、草むらに寝転んで、銀の真砂(まさご)を敷き詰めたような満天の星屑を仰いだ。いつしか60兆個の全細胞のDNAの記憶が呼び覚まされ、原初の世界に導かれていった。広大な宇宙はアルファ (初め)であり、オメガ(終わり)である。星屑で満ち充ちている宇宙を眺めているうちに、私は陶然となっていった。宇宙が私なのか、私が宇宙なのか......、宇宙と私はひとつになり、覚醒していった......。

その体験から書き上げたのが、『宇宙の響き 中村天風の世界』(致知出版社)である。天風さんがヒマラヤでつかんだものは宇宙意識だったのだ。

天香さんが鈴木氏に呼び起こしたものは、まさしくこの宇宙意識である。天香さんは鈴木氏を宇宙意識へ導くことによって、本来の自分を取り戻させたのだ。

さて、今回の東日本大震災は私たちに何が必要であり、何が要らないものであるか、内省させ、原点に立ち返らせるための出来事だった。歴代宰相に指南役として仰がれた東洋思想の碩学、安岡正篤(まさひろ)は『易と人生哲学』(致知出版社)にこう書いている。「われわれの欲望というものは、いうまでもなくこれは陽性です。それに対する内省、反省というものは陰であります。欲望がなければ活動がないわけですから、欲望は盛んでなければなりませんが、盛んであればあるほど内省というものが強く要求されます。内省のない欲望は邪悪であります。そして内省という陰の動きは、省の字があらわしておりますように、"省(かえり)みる"という意味と"省(はぶ)く"という意味があります。内省すれば、必ず余計なものを省き、陽の整理を行い、陰の結ぶ力を充実いたします。人間の存在や活動は省の一字に帰するともいわれる所以(ゆえん)であります」

内省を通して新しい質が育ち、新しいものが生まれてくるというのだ。安岡は『東洋的学風』(島津書房)にこうも書いている。

「日本の民族精神・民族文化といえば、その根本にまずもって神道を考えねばならぬ。その神道の根本思想の一つに『むすび』ということがある。むすびということから人生すべての事が始まる。仏教の言葉でいえば、『縁起』である。

ある事が緑によって因となり、果を生じる。すぐれた因が、すぐれた緑で、すぐれた果を生じる。勝因・善因が勝縁・善緑によって、勝果・善果を結ぶ。このむすびほど不思議なものはない」             
古来より「結び」の思想を尊重してきた日本人は、厄災(やくさい)をも善因として善果に結びつけていくことができるというのだ。

私はこの大惨事がよその国で起きたのではなく日本で起きたことに感謝したい。日本だったらパニックにならず、政府や行政や電力会社を非難して恨みつらみの泥沼に陥ってしまうのではなく、この危難を見事に乗り切っていくことができる。大惨事になっても日本はそれ以前よりはるかに次元の高い国に生まれ変わることができる。それが生き残り、再建を託されている私たちの使命だと思う。

そしてそれは結果として世界に範を示すことになり、紛争に明け暮れている世界に対して、別な道があるのではと提言できることになる。いやできるからこそ、天はこの厄災を敢えて日本に下されたのだ。

ダスキンの鈴木清一氏は天香さんのアドバイスを杖として、破局から立ち上がり、祈りの経営を実践して見事な会社をつくり上げた。そのことが今回の難局を乗り越えていく指針となっているような気がしてならない。

 

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