ネコはなぜ、人と生活するようになったのか?
2016年10月27日 公開 2024年12月16日 更新
※本記事は、黒瀬奈緒子著『ネコがこんなにかわいくなった理由』(PHP新書)より一部を抜粋編集したものです。
ネコは自分から居着いた珍しい家畜?
通常、家畜とは複数の個体をヒトの指揮・命令のもとで一緒に飼育するものです。現在、家畜になっている動物をみても、ウシやヒツジ、ニワトリやイヌなど、祖先となった野生種も含めて、序列の明確な群れで生活している動物が大多数を占めます。
群れをつくるメリットとしては、捕食者から身を守るため、協力して獲物をつかまえるため、などが挙げられます。たとえば、ヒツジの祖先にあたるアジアムフロンなどは、母子を中心とする50~100頭の群れをつくり、外敵から身を守って暮らしていました。
われわれ人類は、このような群れのトップの地位に取って代わり、群れ全体をコントロールして飼育してきたのです。
また、群れをつくる動物は、もともと密集して生活することに慣れているので、十分な餌と住みかを与えられれば、囲いのなかの生活にすんなり順応できたと考えられます。一方、ライオン以外のネコ科動物は単独生活です。他個体から自分のなわばりを守ろうとする性質があります。
さらに餌も、一般的な家畜は植物を食べるものが多いのに対し、ネコは肉食動物です。植物であれば多くの場所で入手可能ですが、肉はヒトにとっても貴重な食糧でした。いまでこそキャットフードがあるものの、昔のヒトに、自分たちの貴重な食糧である肉を分け与える余裕があったとは想像できません。
加えてネコはヒトの命令をほとんど聞かないので、決して扱いやすいとはいえません。ウシやウマのように柵で囲って飼育したり、イヌのように紐でつないで飼うことも困難です。
いまでも飼いネコが脱走して帰ってこない、という話はよく聞きます。気密性の高い現代住宅からでも脱走するのに、昔の家で嫌がるネコを家のなかに閉じ込めて飼い慣らすのは、ほぼ不可能であったと考えられます。
餌を与えるのも、一カ所にじっとさせておくのも困難──このような点から考えると、ネコの家畜化はむしろ「ネコ主導」で進んだのではないかと想像できます。
他の家畜は、たとえば肉や乳、卵を得るなどの特別な利用目的があったため、ヒトが野生から集めてきて飼い慣らしたのに対し、ネコはつかまって家畜にされたわけではないようです。ネコのほうに、なにかヒトのそばにいると自分に都合がいいことがあったため、ヒトと生活することを選んだのだろうと考えられます。
ネコはハツカネズミを求めてヒトのそばに来たと書きましたが、もう一つ、ヒトが出した残飯などのゴミも、ネコにとって魅力的だったと考えられます。
ヒトは1年中、季節に関係なくゴミを出しますし、昔は現在のように密閉性の高いゴミ捨て場もありませんでした。わざわざ燃料を使ってゴミを焼却処分する必要もなかったでしょうから、せいぜいゴミは埋め立てる程度で、ネコはそのおこぼれを1年中利用できたはず。
これらの2種類の食糧に引き寄せられ、ネコはヒトとの生活に順応していったと考えられます。ゴミとネズミをご馳走と考えるネコが「自然選択(生存競争において有利な性質をもつものが生き残ること)」で残った、と考えれば、これも生物学でいう「適応進化(生き残るために環境に適応する進化)」の一種かもしれません。
黒瀬奈緒子(くろせ・なおこ)
愛媛県生まれ。北海道大学大学院地球環境科学研究科にて博士号を取得後、岩手医科大学医学部法医学教室、神奈川大学理学部生物科学科などを経て、現在、大妻女子大学社会情報学部環境情報学専攻准教授。専門は分子系統学と保全生物学。環境教育にも力を入れており、野生生物と人との共存をめざした環境づくりをテーマに講演や、子供たちとの「生きもの観察会」なども行う。処女作となる本書では、生物の進化とその解釈について一般に伝えるため、長年の研究対象である小・中型食肉目に思いを馳せつつ、大好きなネコへの情熱をぶつけた。街でネコを見つけると、写真を撮らずにはいられないネコマニア。