『アンパンマン』の作者であるやなせたかしさんは、漫画家のみならず、舞台演出、詩の雑誌の編集や絵本づくり等、多岐にわたり活躍してきた。
そんなやなせさんの言葉を綴った『やなせたかし 明日をひらく言葉』から、心に響く一説をいくつか紹介する。
※本稿は、『やなせたかし 明日をひらく言葉』(PHP文庫)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
人生は椅子取りゲーム
“人生は椅子取りゲーム。満員電車に乗り込み、 あきらめて途中下車せずに立ち続けていたら、あるとき目の前の席が空いた――”
「アンパンマンの作者は私です」と言うと、たいていの人はびっくりする。
まさか90歳過ぎた作家が描いているとは、想像できないのだろう。作者はせいぜい50歳ぐらいと思っている人が多いのではないか。
50歳は、実はアンパンマンを描き始めた年齢だ。それはやがて1973年に、『あんぱんまん』という絵本になる。だが、評判はさんざんで、何十年も出し続けるシリーズになるとは、予想もできなかった。
漫画家として独立したあと、舞台演出、詩の雑誌の編集や絵本づくり、テレビ出演など、頼まれるままにいろんな仕事をしてきた。漫画の代表作がないままに、多くの先輩・後輩の活躍をさびしく目で追う日々が続いた。
それでも漫画家であることをやめず、ぎゅうぎゅう詰めの満員電車のように才能がひしめく漫画界に、あきらめることなく立ち続けていた。すると、あるとき、目の前の席が空いた。70歳になる直前、アンパンマンのアニメ化の話が持ち込まれ、それから一気にブレイクしたのだ。
「継続は力なり」というが、あきらめないでひとつのことを思いを込めてやり続けていると、ちゃんと席が空いて、出番がやってくるものなのだ。
人間が一番うれしいことはなんだろう?
“人間が一番うれしいことはなんだろう? 長い間、ぼくは考えてきた。そして結局、人が一番うれしいのは、人をよろこばせることだということがわかりました。実に単純なことです。ひとはひとをよろこばせることが一番うれしい――”
長い人生を生きてきたが、星の命に比べたら、百歳まで生きたって、瞬間に消え去っていくのと変わらない。
人間は、宇宙的にいえば、ごく短い間しか生きはしないのだ。つかの間の人生なら、なるべく楽しく暮らしたほうがいい。
それでは、人は何が一番楽しいんだろう。何が一番うれしいんだろう。その答えが「よろこばせごっこ」だった。
母親が一生懸命に料理をつくるのは、「おいしい」とよろこんで食べる家族の顔を見るのがうれしいからだ。父親が汗をかいて仕事をするのは、家族のよろこびを支えるためだ。
美しく生まれた人は、その美しさで人をよろこばせることができる。学問が得意な人は学問で、絵を描ける人は絵を描くことで。歌える人は歌で。
人は、人がよろこんで笑う声を聞くのが一番うれしい。だから、人がよろこび、笑い声を立ててくれる漫画を長く描いてきた。
自分が描いた漫画を読んで子どもたちがよろこんでくれる。その様子を見て、自分がうれしくなる。こうしてよろこばせごっこができることが本当に幸せだ。
あなたは何をして、よろこばせごっこをしていますか?