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社会

京女の「かんにん」は、なぜ男を舞い上がらせるのか?

井上章一(国際日本文化研究センター教授)

2017年01月27日 公開 2023年02月09日 更新

男の「好きや」ははねつけられる

私が大学を卒業したころ、今から40年ほど前のことである。友人のひとりが、東京の会社へ就職することになった。東京弁のとびかう首都でくらす覚悟をきめた彼は、われわれに言っていたものである。

俺おれは東京弁になんか、そまらへん。むこうへいっても関西弁でおしとおす。関西人の魂は、なくさへん……。

だが、数年後に首都で見かけた彼は、かろやかに東京弁をあやつっていた。中央のビジネスマンに、なりおおせていたのである。

お前、あの誓いは、どないなったんや。東京ぐらしも関西弁でのりきるて、言うてたやないか。あれは、噓やったんやな。そうなじる私に、彼はこうこたえたのである。

東京である女を好きになった。むこうも、自分のことがきらいではないらしい。

よし、今日の晩が勝負だと思い、夜のデートにさそいだした。ここぞというタイミングで、彼女の耳元に自分はささやきかけている。

「好きや」、と。思いきり感情をこめて。甘く、せつなく、そしてすこし声をかすれさせながら。

だが、彼女はこれをうけいれてくれなかった。「その言い方は、かんべんしてほしい」と、そうかえされたのである。

ふだんは、自分の関西訛をうけいれてもいた。関西風のしゃべり方を、たずねてくれることさえある。だけど、告白のクライマックスに、関西弁は聞きたくないという。お笑いの芸人から、冗談半分でくどかれているような気がすると、彼女は言っていた。

関西弁は、座持ちがいい。社交の潤滑油になることもある。だけど、本気の恋愛ではつかえない。そのことを思い知ってから、俺は関西弁をすてる気になったんだ。

そう聞かされ、私は彼をなじれなくなった。やむをえないな。私だって、同じような目にあえば、似たような判断を下しただろう。彼にも、昔の約束にこだわって問いただしたことを、あやまったしだいである。

その、おそらく20年ぐらいあとになってからであった。私が、京都女性の「かんにん」で有頂天になっている東京者と、であったのは。

男の口にする「好きや」は、東京の女からはねつけられる。だが、京都の女がもらす「かんにん」は、東京の男をよろこばす。京都風のしゃべり方は、男の値打ちをあげないが、女のそれをかがやかせる。女にたいしてだけは、上げ底効果を発揮するのである。

京都の女が、首都東京で、「うち、あんたのこと好きえ」とささやけば、どうなるか。おそらく、男の大半は好き心をたぎらせるだろう。たとえ、彼女をそれほど気に入っていなくても、心はくすぐられるにちがいない。

 

※本記事は井上章一著『京女の嘘』(京都しあわせ倶楽部)より一部を抜粋編集したものです。

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