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近藤誠一×松下正幸 国家、企業、個人が持つべき民主主義の理念を考える 

マネジメント誌「衆知」

2017年03月20日 公開 2024年12月16日 更新

「志」対談

近藤誠一(こんどう・せいいち)
近藤文化・外交研究所代表、元文化庁長官。1946年生まれ。1971年東京大学教養学部卒。1972年外務省入省。ユネスコ日本政府代表部特命全権大使、駐デンマーク特命全権大使などを歴任。2010年文化庁長官に就任。2014年株式会社パソナグループ社外取締役。一貫して日本文化を世界へ発信し、富士山の世界遺産登録でも中心的役割を果たした。

松下正幸(まつした・まさゆき)
パナソニック副会長、PHP研究所会長。1945年生まれ。1968年慶應義塾大学経済学部卒。1968年松下電器産業入社後、海外留学。1996年に同社副社長就任。2000年から副会長。関西経済連合会の副会長を務める一方で、サッカーJリーグのガンバ大阪の取締役(非常勤)を務めるなど、文化・教育・スポーツの分野にも貢献する。

取材・構成:坂田博史
写真撮影:永井 浩

※本記事はマネジメント誌『衆知』2017年1・2月号、「松下正幸の「志」対談」より、その一部を抜粋して掲載したものです。

 

どんな考えや制度も押し付ければ反発を招く

松下 松下幸之助が危惧していたのは、日本の国には国是とか、明確な目標、国家経営理念が欠けていることでした。戦後、しばらくの間は、先進国に追いつけ追い越せというコンセンサスがありました。それが、先進国に追いつきかけた頃からなくなりました。

しっかりとした経営をしている企業、それも長年にわたって発展し続けている企業には、必ず優れた企業理念があります。そして、その理念の中には、己のためだけではなく、社会に貢献する旨が必ず含まれています。

国にも、世界の平和に貢献するといった国家経営理念がないといけないのではないでしょうか。

近藤 国是や目標、理念がないのは、日本人の性格という面もあるかもしれません。自然災害はありますが、比較的温暖で恵まれた自然環境が日本にはあります。自然と調和することができ、助け合ってゆったりと生きてきたため、これといった明確な目標があまり必要ありませんでした。

明治以降、欧米の列強に対する危機感があった時期には、「富国強兵」を掲げます。これは一応成功しましたが、その後大戦へと突入し、行きすぎて失敗しました。

戦後は、「経済復興」や「所得倍増」などの目標を掲げました。日本人は目標が明確にあると、それに向かって努力する国民性があり、目標を達成する能力は他の民族にも引けを取りません。

こうした物質的な目標を掲げる一方で、肝心な人々の生きがいや幸せを置き去りにしてきた面もあります。どういう人生を送りたいのか、どういう社会をつくりたいのか、そういった理念を考えることが残念ながらできませんでした。

松下 幸之助も、物心両面の豊かさが大切だと説きました。戦後の日本が、精神面の目標を掲げられなかったのは、なぜでしょうか。

近藤 「大東亜共栄圏」といった目標を掲げて失敗した経験もあってか、そういう国家的な目標を掲げることがタブー視されてきた面があります。国家を語るのは国家主義であり右翼であるといった、やや左寄りの知識人がつくった流れがいまだに残っています。

その結果、ますます経済的利益を追うことや、役人なら自分たちの権限を守ることに、持てる資源や能力を使ってきました。

やはり、松下幸之助さんが言われたように、国にも理念が必要です。ただそれは、国が考えるべきものではなく、私たち一人ひとりが考えるべきではないでしょうか。

松下 そのための方法として、具体的なお考えがありますか。

近藤 人間にとって必要な人生観や哲学、個人が持つべき理念や誇りといったものを、松下政経塾のような私塾で一人ひとりが考えるのも一つの方法です。

私自身も、小さい規模ながらも私塾をやっています。市民社会が団結して、大きな組織ではどうしてもやりきれないスキマを埋めていく。市民社会の本来の役割は、こんなところにあるのかもしれません。

「これがお前の目標だ」と押し付けてはいけません。自分で考えて、自分で見つけなさいという教育を行なうことが大切で、そうした教育で人が育っていけば、自由や民主主義をもっとうまく使いこなせるようになると思います。

松下 どんなによい考えや制度であっても、他人から押し付けられれば、誰でも反発したくなるものです。

近藤 アメリカでつくられた服は、日本人に必ずしも合うとは限りません。押し付けには限界があることを、普遍主義を信じる欧米諸国の人たちは、もっと理解してほしいと思います。

さもないと思わぬ大きな反発が生まれるでしょう。アメリカのよさを理解している国でも、反米感情は根強くあります。日本にもあるでしょう。トランプ氏が新大統領に選ばれ、今後の政治運営を不安視する声もありますが、アメリカの指導力が相対的に低下していくと、こうした反米感情が噴き出すリスクがあります。

自由や民主主義といった人間が考えうる最も素晴らしい社会システムそのものへの疑念が生まれて、社会が全体主義に向かってしまうことがあってはなりません。

民主主義が機能していない国、民主主義が好きでない国、独裁を守りたい国は、欧米先進国でナショナリズムやポピュリズムが広がるのを、「ホラ見たことか!何十年もお説教を聞いてきたけれども、そのざまはなんだ」という気持ちで見ていると思います。

私たちがうまく使いこなせないがために、自由や民主主義そのものの価値に対する認識が失われてしまうかもしれない、かなり大事な時期にきていると思います。

松下 私は、独裁主義や全体主義はいずれ行きづまると思っていますので、それに対しては、それほど危機感はありません。むしろ、民主主義陣営の自壊のほうが心配です。

また、自分たち一人ひとりが考えることが大事だというお話でしたが、私も幸之助からそういう指導を受けました。

幸之助の指導は、ひたすら質問攻めです。その質問に答えられなかったら、次に会った時にまた同じ質問をされました。その間に自分でちゃんと考えたかどうかをテストしていたのだと思います。

松下政経塾の研修方針も「自修自得」です。レギュラーな講師陣というのはいません。塾生が自分たちで企画を立て、講師を選び、その講師に依頼して来てもらって学びます。

みずから考えて、みずから行動して、時にみずから失敗する。その体験から本当の学びが得られるのだというのが幸之助の考え方でした。

私も、経営において困難にぶち当たった時には、幸之助が存命だったらどうしただろうかと常に考え、自問自答してきました。

今日の民主主義の危機についても、幸之助ならどう考えただろうかと、自問自答しているのですが、なかなか答えが見つかりません。

近藤 きっと、「自分で考えろ」とおっしゃるのでしょうね(笑)。

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