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「自由貿易ありき」で政策立案を

飯田泰之(駒澤大学准教授)

2010年12月13日 公開 2022年12月20日 更新

対立点は「農業保護の是非」ではない

 11月14日に閉幕したAPECにおける大きなニュースの一つが、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に対する菅首相の積極的な言及だろう。議長としての記者会見において現行の農地法改正に意欲を示すなど、具体的な自由貿易サークルへの参加姿勢を示したことのインパクトは大きい。

 現在の国際貿易システムでは、利害関係者が多すぎて、とうてい実効的な同意に至ることのできない多国間協定方式から、二国から数カ国間でのFTA(自由貿易協定)、さらには人の移動や知的財産政策にまで踏み込んだEPA(経済連携協定)へとその主役がシフトした。しかし、日本はこの流れに大きく取り残されている。現在、FTA、EPA協定国の数、貿易に占めるシェアともに日本のそれは韓国に大きく劣り、EU、米・英をも下回る。

 その最大の原因と「されている」のが国内農業の問題だ。

 菅発言に対しては、JA、農水省、各県知事などから強い非難の声が上がっている。いわく、自由貿易協定が発動し農作物輸入の関税が引き下げられると国内の農業は壊滅する、食糧の自給を守るためには同種の協定に参加することはできない、といった主張である。一方で、このような農業保護論に対しては、食糧安保論そのものに対する批判や、GDP(国内総生産)比で1.5%にすぎない農業を守るために製造業や第三次産業を犠牲にすることは合理的ではないとの苦言が呈されている。

 毎度おなじみの対立構造であるが、双方ともに政策論として的を外している。

 国内農業を保護しているのは日本だけではない。米国はもとより、欧州、さらには英国や韓国においても国内農業の保護には大きな予算を割いているのだ。対立点は「農業保護の是非」ではない。「自由貿易の是非」なのである。

 現在の日本の農業保護は、高い関税によって海外産農作物を水際で防ぐという方法をとっている。その結果、関税率が800%にものぼるコメはもとより、穀類・畜産物の生産者を守るという方針だ。しかし、農業保護の方法は関税障壁だけではない。むしろ関税による農業保護そのものが国際的に時代遅れになりつつある。

 営農費用への補助金から主業農家(65歳未満で、年に60日以上農業に従事し、農業収入を主とする営農者)への所得補償、黒字化農家への追加的な補助金など、関税によらない農業保護の方法はほかにいくらでもあるのだ。

「いっちゃった。でも、できなかった」?

 去る9月に亡くなられた小室直樹氏は、戦前期の日本の生命線は(満蒙ではなく)自由貿易であったと喝破した。いまもなお日本の生命線は自由貿易である。繰り返し肝に銘じるべき命題だ。これは資源の獲得から、輸出による外貨の獲得にとどまらない。日本以外の各国での連携が強化されると、輸出産業は自由貿易国へと生産拠点を移動させる。自由貿易サークルへのコミットは、国内雇用にとっても重大な影響が及ぶのである。

 農業への保護水準の維持・縮小の議論に早期に決着をつけることはできない。さらに農家の生活そのものにかかわる課題を拙速に進めるべきでもない。その実効的転換には少なくともひと世代(30年)はかかると考えてよいだろう。その一方で、FTA、EPAへの参加は喫緊の問題である。時間のかかる論争に時間を費やしている場合ではない。それは自由貿易体制への参加後に漸進的に改善していくべき問題なのである。

 したがって、農林水産省が急ぐべき仕事、というよりも民主党がすぐにでも農水省に命じるべきは、TPPによる自給率や農業生産額の低下の推計ではない。その意味で、農地法改正も、「あとで考えればよい」問題といってよい。必要なのは現在の農業保護水準と同程度の所得を維持する補償金額の算出であり、その支給のための効率的な事務処理方法の策定である。政策立案は「自由貿易ありき」で進めるべきだ。

 本稿執筆時点で、自民党・斎藤健衆院議員の国会質問がニコニコ動画のランキングで1位を獲得し、注目を集めている。数多くの民主党の公約や首脳発言を採り上げ「いっちゃった。でも、できなかった。○○した(信用を落としたなど)だけだった」という決めフレーズで断罪していく様に賛意が集まっている。菅首相のTPPへの参加、そしてそのための農地法改正発言も「いっちゃった。でも、できなかった」になる恐れがある。その損失は民主党政権の支持率低下といった(ある意味瑣末な)問題にとどまらない。自由貿易という生命線を危うくし、さらには日本の外交への国際的失墜を招く。今度こそは空手形では済まされない。

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