「畳の縁は踏まない」という行儀作法
昨今、アパートやマンションに限らず、一戸建てでも「和室よりも洋間の数の方が多い」という家が少なくないようだ。たしかに掃除はもちろん、メンテナンスの点でも、和室より洋間の方に分がある。
とはいえ、やはり日本人にとって和室は魅力的な空間だ。真新しい畳の香りは清々しい気持ちにさせてくれるし、寝転がったときの固すぎず、柔らかすぎずという適度な感触は、洋間のカーペットやソファーでは味わえない。
ところで、自分の家に畳はなくても、訪問先の家で畳の敷かれた和室に入ったときに気をつけたいのが、「畳の縁は踏まない」という行儀作法である。
畳は、イグサを編み込んで作られた「畳表」と呼ばれる敷物で板材をおおっている。その縁には「畳縁(たたみべり)」という帯状の布が縫いつけられていて、畳表を留める役割をはたしている。一方、畳縁には装飾の意味もある。たとえば、おしゃれな模様があしらわれていたり、その家の紋を入れたりする。つまり、畳の縁を踏むと家紋を踏んでしまうケースもあるわけで、これは失礼きわまりないというわけだ。
また、畳の縁は表面よりもわずかだが高く、歩くときに足を引っかけることもあり得るから、縁を踏まないのは安全のためでもある。
さらに、かつては命にかかわる話もあった。表舞台で武士たちが活躍していた時代に、裏の世界で暗躍していたのは忍者や刺客といった曲者たち。武家屋敷に忍び込み、要人の命を狙おうというとき、床下にかくれ、ターゲットが畳の上を歩いているときに、下から刀や槍で殺傷するという手段がとられることもあった。そのときに利用されたのが、畳の縁と縁との境目だった。
他に、畳の縁は「結界(定められた聖域)」という説もある。畳が和室に敷き詰められるようになるまでは、権力者の座る場所にだけ畳が敷かれ、その場所以外は板敷だったという歴史がある。つまり畳の縁には分け隔てる目印という意味もあったわけで、そこを踏むのは「タブー」とされたのである。
※本稿は、平川陽一著『本当は怖い! 日本のしきたり―秘められた深い意味99』より一部を抜粋編集したものです。