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困難・試練・逆境を人生に活かす~松下幸之助 心を強くするヒント

大江弘(PHP研究所社会活動部長)

2019年01月24日 公開 2024年12月16日 更新

困難にくじけない強い心があれば、仕事はもちろん人生においても大きな成果が上がり、幸せに暮らせるようになるのではないかと思います。しかし、なかなか思うに任せないのが現実です。ときに強い心になるなんて無理な話だと考えてしまうのも致し方のないことかもしれません。

とはいえそこで諦めたのでは、自分自身を高めることはできません。日々、工夫を重ねながら強い心を養う努力を惜しまず続けることが大切です。そうした努力があればこそ、少しずつでも強い心が高まり、少々のことでは動じず、困難に際してもくじけることのない力が身についてくるのです。
 

困難にぶつかる体験が心を強くする

若いころの自分自身を振り返りながら、松下幸之助は次のように述べています。

「昔の言葉でありますが、“苦労は買ってせえ。苦労をいやがってはならない。苦労はむしろ買うてでもせないかん”ということを、私ども、子どもの時分には教えられたもんです。苦労を厭うというような貧困な、惰弱なことではいけない。苦労は進んでするだけやないんだ。苦労は買ってでもせないかん。そうしてこそほんとうに真人間になるんだ、ほんとうに筋金入りの人間になるんだ。単なる知識、学問じゃいかんのだ。それを越す強いものを心の根底に培うてはじめて諸君が習った知識なり、学問が生きてくるんだ。その根底なくして学問、知識というものはむしろじゃまになるんだ。諸君の出世のじゃまになるんだ。こういうような教えを、私は聞いたことがございます」(『松下幸之助 特別講話 道をひらく考え方』)

高くジャンプできるようになるには、何度も高くジャンプする訓練が必要です。速く走れるようになるにも、速く走る訓練を何度も繰り返すことが大切です。松下が指摘するように、困難を乗り越える強い心を養うには、やはりその困難自体を通して自らの心を鍛錬することが一番の方法でしょう。

困難に遭遇する。一所懸命に悩み、考える。人に知恵や助力を求める。工夫に工夫を重ねる。こうした取り組みの中で、少しずつ心が鍛えられていきます。悩み、考える体験は、悩み、考える鍛錬になります。知恵や助力を求める、工夫を重ねる体験もまた、それらの力を養う絶好の機会となります。ときに怯えたりおじけづいたりする気持ちがわいてくるかもしれません。しかしそこで覚悟を決める、決意をかためる、なるようになれと思いきる。そうして恐る恐る手探りで前に向かってわずかずつでも進む。その少しずつの積み重ねが、おのずと心を鍛え、強い心を養うことにつながっていくのです。

困難はお金を払わなくても向こうから勝手にやってきてくれます。つまり困難は、授業料を払わずして得られる鍛錬のチャンスであり、感謝すべきことだとも考えることができます。ぜひ前向きに受け止め、困難を積極的に自分を鍛える機会として活用したいものです。
 

うろたえず冷静さを心がける

思いもかけない苦境に直面すると、人はうろたえ、平常であれば簡単にできていたことでも適切に対処できなくなってしまいがちです。地震が起きたら、火を止め、ガスの元栓を閉めることが大事だということは、阪神淡路大震災の火災を目の当たりにした多くの日本人が痛感しているはずです。けれども、いざ自分の身に起こるとうろたえ、ガスや火のことは忘れていたという人が少なくありません。

松下幸之助の著書に次の一文があります。

「風が吹けば波が立つ。波が立てば船も揺れる。揺れるよりも揺れないほうがよいけれど、風が強く波が大きければ、何万トンの船でも、ちょっと揺れないわけにはゆくまい。これを強いて止めようとすれば、かえってムリを生じる。ムリを通せば船がこわれる。揺れねばならぬときには揺れてもよかろう。これも一つの考え方。大切なことは、うろたえないことである。あわてないことである。うろたえては、かえって針路を誤る。そして、沈めなくてよい船でも沈めてしまう結果になりかねない。すべての人が冷静に、そして忠実にそれぞれの職務を果たせばよい」(『道をひらく』)

困難なこと、つらいこと、苦しいことがまったくない人生はありえません。誰しもそれらにじっと耐えなければならないときが必ずきます。そうした際に、こんなはずではなかったとくよくよ悔やんだところで何の解決にもつながらないでしょう。また、あわてうろたえ、無茶な方法で対処しようとしてさらに状況を悪化させてしまう話もよく耳にします。うろたえることなく冷静に状況を見、考え、判断し、適切な行動をとるよう自分自身に言い聞かせることが大事です。

もちろん人間ですから、いつも冷静沈着というわけにはいかないでしょう。だからこそ、苦境に立った直後はあわてて事を起こさない、しばらく間を置く、多少冷静さを取り戻した段階で再度状況の把握に努め、何をなすべきか検討して迅速に行動するということを心がける。日頃からそうした心構えでいるならば、いつかそれが習い性になり、心は強く養われるのではないでしょうか。
 

治にいて乱を忘れず、油断しない

物事が順調にいっているとついつい油断しがちです。その油断がゆるみとなり、些細なミスを生む。それを軽視し、放置していれば、やがて大きな失敗にもつながりかねません。そもそも仕事に限らず何事であろうとも、常に順風満帆ということはありえないはずです。良いときがあれば悪いときもあるのが仕事であり、私たちの人生ではないでしょうか。松下幸之助は、決して順調な状況に心を許してはならないと次のように述べています。

「人間の心というのは不思議なもので、調子のいい状態がしばらく続くと、どうしてもつい油断するといいますか、安易な気持ちになりがちです。それで昔から〝治に居て乱を忘れず”というようなことをいって、無事平穏なときでも、困難に対する心の備えを忘れてはならないと戒めたりもしたのだと思いますが、そういう戒めがあっても、やはり、順境になれてしまいがちというのが、お互い凡人の常ではないでしょうか」(『経営心得帖』)

大事なのは、どれほど調子がよく物事がうまくいっていようとも油断しないことでしょう。思いもかけずやってくる困難のための準備をしておけば、決したあわてることはありません。たとえ愉快に遊んでいるときでも、問題が起こったときの心づもりをしておくことで、心の面の備えもできます。

実際日本には、そろそろ大地震が起きるのではないかという地域があちらこちらにあります。そのため、自治体を中心に食料などの備蓄や訓練がしばしば行われています。国民一人ひとりにもそれぞれの家庭でいざというときのために備えておくことが推奨されています。こうした備えがあれば、困難な事態に陥っても、うろたえにくく、あわてにくく、冷静かつ適切に対応することができやすいにちがいありません。たとえそこで難儀な目にあおうとも、立ち直れないほどひどく落胆するということは少ないでしょう。平穏無事に油断することなく、いざという事態のために万全の備えをすることは、強い心につながっていくのです。


PHP研究所では、創設70周年を迎えた2016年より「PHPしあわせセミナー」を全国各地で開催しています。毎日を心豊かで幸せに暮らしていくにはどうすればよいか。松下幸之助の思いや考え方をヒントに、みなさまとともに考えてまいりたいと思います。

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