SPI開発者の「26年前の本」が再び脚光を浴びる理由
2019年06月06日 公開 2021年07月29日 更新
<<1993年に刊行されたある本が、突如として注目を集めている。そのタイトルは『心理学的経営』。
長らく入手が難しい状況にあったこの本は、2019年5月30日にプリント・オン・デマンド版で復刊するやいなや、Amazonの書籍ランキングを急上昇。発売当日時点では並み居る新刊を押しのけ7位にまで達した。SNS等でも「待ち望んだ復刻」と喜びの声にあふれた。
著者の大沢武志はリクルートの創業者である江副浩正氏のもとで専務取締役も務めるなど30年にわたり活躍。何より今でも企業人事部にとっては無くてはならない「適性検査SPI」の開発者である。
大沢氏は2012年逝去。しかしその後も、著書『心理学的経営』は知る人ぞ知る人材マネジメントの名著として、入手を希望する人が後を立たなかった。
“人間をあるがままにとらえる「個性化」と「活性化」のマネジメント”を説いた同書より、「心理学的経営」とは何かを語った一説を紹介する。>>
※本稿は大沢武志著『心理学的経営』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。
心理学的経営は「人間の現実をあるがまま」に受け入れることを重視する
企業経営のなかに心理学的な考え方や手法をとり入れるという試みは、おそらく産業心理学という学問の発生とともにはじめられたのだろう。
組織のなかで人間が人間としての自由度を拡大させる、つまりより人間的になる方向に歴史の流れがあるとすれば、心理学的な考え方はその流れを促進するものでなければならない。
それが心理学的経営の理念であることは間違いないが、しかし、ことはそれほど単純なものではなく、単なるお題目や経営ロマンチシズムに終っては意味がない。
私の考える心理学的経営とは、いわば経営リアリズムであって、まず、人間を人間としてあるがままにとらえるという現実認識が出発点なのである。
では一体、人間をあるがままに受け入れるとはどういうことだろうか、そして「心理的事実」を素直に理解するという心理学的認識をどうとらえるべきだろうか。
官僚制組織論に代表される合理的組織の考え方は、役割分化において重複や混合を避け、熟練された専門技術を導入し、ムダを省いて、最も効率のよいシステムを志向する。
たとえば、そのための制度やルールの例としての〝命令系統統一の原則〟は、組織のなかでの指示系統は単一でなければならないとする。一人のメンバーには特定の一人の上司からしか指示命令の情報経路を公式には認めないのである。
しかもその命令的情報は、まさに一分の違いもなく伝えられ、実行に移されなければならない。情報の冗長度は可能な限り少なくしなくてはならないし、ムダなこと、余計なこととしてのノイズは混入してはいけないのである。
しかし、そもそも人間の行動は、このいわばノイズとしてのムダな情緒や感情を基底にもつところにその本質がある。効率性と合理性を優先させる組織論は、人間存在の一方の重要な側面を無視しているのである。
人間には様々な欲望があり、日々様々な感情の狭間で揺れ動いている。感情のおもむくままにとは言うが理性のおもむくままにとは言わない。
理性という道理の世界は、科学を生み自然界を制御する力と方法を人類にもたらしたが、人間がひとたび自らを対象として統御を試みようとするとそれは別の次元の課題になることを認識しなければならない。
人によってつくられ、人によって構成される組織を動かすのに、合理性の原則や能率の論理のみにとらわれていると、一人ひとりの個性などはどこかへ葬り去られてしまう。心理学的経営の考え方は、人間の現実をあるがままに受け入れ、とらえることを何よりも重視しているのである。