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外出自粛は本当に「よい投資」? ”費用対効果”で考える感染症対策

大日康史,菅原民枝

2020年03月20日 公開 2020年03月23日 更新

 

「生命の値段」を計算する

そもそも生命の金銭評価は、医療資源の効率的な配分を実現し、技術革新による青天井の医療費に一定の制約を課すための、特に新薬・新技術に対する保険収載・薬価決定のための費用対効果分析に必要です。

そうした保険収載・薬価決定に費用対効果分析が実用化されている国も多くあります。たとえば、オーストラリアやカナダ、韓国では新薬に対して実用化されています。アメリカでは予防接種政策において用いられていますし、イギリスでは治療法全般のガイドラインに用いられています。残念ながら現時点で日本においてはその実用化の動きはありませんが、その基礎的な研究は将来での導入、あるいは準備のために必要です。

生命の価値の金銭的評価は1QALY当たりで計算されます。QOLYとは Quality Adjusted Life Years の略で、日本語では「質調整生存年」と訳されています。

これは、ある瞬間の生命の質(Quality Of Life:QOL)を時間に関して合計したもので、その人の生涯、あるいは余命における生命の質です。QOLは0(考え得る最悪の健康状態)から1(完全な健康状態)までの数値で表現されるので、完全な健康状態で余命30年間を生きたであろう人が突然亡くなると、QALYは30の損失になります。

このQALYを1単位獲得する、つまり完全な健康状態で寿命を1年延期できる治療法や薬剤に対して社会的に支払うことが許容される医療費、あるいは負担の上限が各国で設けられています。たとえば、アメリカでは5万ドル、カナダでは2万カナダドル、イギリスでは3万ポンド、オランダでは2万ユーロ、オーストラリアでは3万6千オーストラリアドルとされています。

日本では、一般市民への調査に基づいて600~700万円とされています。いずれにしても完全に健康な状態での生命価値を600万円とすると、新型インフルエンザによって失われる生命の価値は、以下のように216兆円となります。(現在の600万円と将来の600万円の価値が同じと仮定した場合)

1億2000万人×50%×2%×600万円×30年間=216兆円

罹患に伴う損失と合計すると220.2兆円になります。これは日本の国家予算82.91兆円(2008年度一般会計)の2倍以上3倍近く、GDP〔562.83兆円(2000年価格)2007年度〕のほぽ40%に相当します。死亡による損失は、平均すれば30年間毎年7.2兆円のしかかり、長期にわたってダメージを残す点が重要です。

 

外出自粛の「費用対効果」は?

では、対策は費用対効果的にも有効なのでしょうか。単純化して考えるために、仮に40%の外出自粛を流行期間の2カ月として実施されたとしましょう。また、在宅勤務の整備が間に合わなかったとしましょう。就業人口を6000万人とすると、以下のように想定できます。

6000万人×4割×1万円×60日=14.4兆円

とんでもなく膨大な金額です。仮にその一部が休業補償されれば、その一部は企業が負担することになるし、されなければすべてを労働者がかぶることになります。いずれにしても社会の誰かが負担することになります。

他方で、それによって軽減される罹患や死亡の負担について考えてみましょう。40%の外出自粛を行なった場合、首都圏を例にすると罹患率は対策を何も実施していないケースに比べ50%から20%まで減少する見込みがあると試算されています。同様に死亡も30%減少するので、先と同様に計算すると、罹患に伴う損失は2.52兆円、死亡による損失は129.6兆円となります。

1億2000万人×(5-2)割×1万円×7日=2.52兆円(罹患による損失)
1億2000万人×(5-2)割×2%×600万円×30年間=129.6兆円(死亡による損失)

この費用だけ、罹患・死亡に伴う損失を軽減することができます。要は、14.4兆円の費用をかけて40%の外出自粛を行うことで、132.1兆円の利益を得ることができると想定されます。これは投資案件としてみれば、費用対効果的には非常に優れていると言えるでしょう。

ここまで致死率2%で検討してきましたが、アジアかぜ、香港かぜ並の致死率である0.5%でも費用対効果的には有効と考えられます。この場合は死亡の抑制による効果が4分の1になり(129.6兆円÷4=32.4兆円)、費用である14.4兆円をなお上回っています。

以上はあくまで簡単な計算ですので、経済への打撃など実際にはより詳細に想定する必要はあります。いずれにしても大事なのは、感染拡大への対策を投資とリターンの関係で考える視点も備えておくことです。これはパンデミック収束後、対策を検証する際にも重要な観点になります。

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