生物は気の遠くなるような長い時間、生存を賭けた進化と淘汰を繰り返し続けている。それはリアルタイムでも進行中だ。遠くない未来には、地球上に存在する生物の種は入れ替わりを見せているかもしれない。
静岡大学農学部教授で生物学者の稲垣栄洋(いながき・ひでひろ)氏は、そのプロセスにおいて、「ナンバー1しか生き残れない」と語る。そして勝ち抜いてきたそれらの種の「生き残り戦略」はそのまま今を生きる私達に様々な示唆を与えるという。
本稿では、稲垣栄洋氏の新著『Learned from Life History 38億年の生命史に学ぶ生存戦略』より、ウマの進化のプロセスに学ぶべき「戦略」について触れた一節を紹介する。
※本稿は稲垣栄洋著『Learned from Life History 38億年の生命史に学ぶ生存戦略』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。
生き物の選択と集中
生き物たちは、ナンバー1になれるオンリー1のニッチを獲得している。そして、ニッチを獲得するためには、強みに集中する戦略が必要となる。
ニッチはナンバー1になれる場所であるから、小さいすき間である必要はない。大きいニッチもあれば、小さいニッチもある。
しかし、広範囲でナンバー1になるのは大変である。そのため、ナンバー1を確実なものにするためには、「しぼり込む」必要がある。
ニッチは小さいほうが有利である。あれもこれもと広げるよりも、しぼり込んだほうが、ナンバー1になりやすいのである。
スターバックスを見てみよう。
1971年に創業したとき、スターバックスは「スターバックス・コーヒー・ティー・アンド・スパイス」という名前だった。紅茶もスパイスも売っていたのである。
もし、コーヒーにしぼり込まなければ、今やコーヒーのジャンルの一つである「シアトルコーヒー」もなかったかもしれない。
また、売り上げ至上主義で経営が悪化したときには、「一杯のコーヒー」にしぼり込んだ。
そして、コーヒーの香りを邪魔してしまうとともに、短時間で食べるファストフードのイメージが強いホットドッグなどの軽食をなくしたのである。
ロゴに至っては、現在では、コーヒーという文字さえない。だが、緑色のシンボルカラーとセイレーンと呼ばれる女神の姿を見れば、誰もがコーヒーを思い浮かべる。
もちろん、スターバックスはコーヒーだけではない。しかし、コーヒーというナンバー1があって、他の商品のブランド化ができるのだ。
「うどん県」を自称する県もある。
香川県は、「香川県は、『うどん県』に改名いたしました」というPR動画を作成した。これは思い切ったしぼり込みである。確かに香川県はさぬきうどんが有名ではあるが、行政機関というものは、常に公平性が求められる。香川県にだって蕎麦屋もあれば、ラーメン屋もある。それなのに、うどんにしぼり込んだのである。
こうして、香川県はナンバー1になるオンリー1の知名度を手にした。そして、「うどん県」の名が定着したとき、香川県は次にこんなPRをするのである。「うどん県。それだけじゃない 香川県」。
何でもありますは、何もないのと同じなのである。
ダチョウはなぜ飛ばないのか、ウマにはなぜ蹄があるのか
何かを得るということは、何かを捨てることである。
ウマの祖先であるエオヒップスは前肢に四本、後肢に三本の指がある。しかし、速く走るために、中央の一本の指だけを発達させて、他の指は退化させてしまった。
指一本であれば、物をつかむこともできなければ、木に登ることもできない。しかし、草原を速く走るために、蹄(ひづめ)を発達させたのである。
ダチョウは飛ぶことができない。その代わり、ダチョウは草原を速く走ることができる。力強い足で肉食動物を蹴散らすことができる。
もしダチョウが飛ぶ鳥をうらやましいと思ったとしたら、空を飛べるような進化を望んだとしたら、どうだろう。
その強みを発揮することはできないだろう。それどころか、空でも陸でも中途半端な存在となり、すぐに滅んでしまったことだろう。
もっとも優れた例はヘビだ。ヘビはもともと地中生活しやすいように、手と足をなくしたといわれている。ヘビは世界で成功している爬虫類である。手と足を捨ててシンプルな形にしたことで、ヘビは大きさも生息地もさまざまなオンリー1の存在に進化をしたのである。
全国展開するようなファミリーレストランでは、「何でもあります」が強みになる。しかし、小さな街のレストランで同じことをしても勝てない。
地域で頑張っているレストランは、カレー専門店やパスタ専門店のような専門店だったり、餃子が人気とか、あんパンが看板メニューといったような、強みのしぼり込みをしている場合が多い。
静岡県のローカルレストランとして有名な「炭焼きレストラン さわやか」は県外からの観光客で常に行列のできている人気店であるが、看板メニューは「げんこつハンバーグ」である。