健康管理から仕事まで、多くの人々は"科学らしきもの"に頼りたくなるものだが、科学で「解き明かしきれていない」ことも多く存在する。
生物についても謎は多い。しかしながら研究も進んでいる。どこまで何が分かっているのか?
明治大学教授の石川幹人氏は著書『なぜ疑似科学が社会を動かすのか』にて、生物のDNAと遺伝について触れている。本稿では、同書よりその一節を紹介する。
※本稿は石川幹人著『なぜ疑似科学が社会を動かすのか』(PHP新書刊)より一部抜粋・編集したものです
進歩する遺伝情報の科学
私たちは誰でも、「子どもの顔や体つきは、その母親や父親と似ている」という事実を知っている。つまり、身体的特徴や体格は遺伝するということだ。
また、遺伝を司つかさどるのは、DNAと呼ばれる二重らせん構造をもった生体分子であることが、1950年代に判明した。DNAは四種類の塩基の配列によって遺伝情報を形成しており、ヒトでは数十億の塩基が配列している。
この塩基配列のちょっとした差異が、身体的特徴や体格の違いをもたらしているのである。ヒトとチンパンジーとは身体的特徴も行動的特徴もそれなりに異なっているが、DNAの塩基配列は98%以上までが同一だ。
生物種全体で見れば、ヒトとチンパンジーの遺伝情報はきわめて似ており、これはヒトがサルの仲間から進化したと断定できる強力な根拠でもある。
たとえば博物学では、さまざまな動物種について、身体的特徴による分類がかねてよりなされていた。そして進化の過程で、どの動物とどの動物が近縁種で同じ祖先から分岐してきたなどを示す、進化系統樹が描かれてきたのだ。
それらの動物種についても次々にDNAが分析されており、身体的特徴による進化系統分類と、DNAの塩基配列変化にもとづく進化系統分類が、おおよそ一致することが判明している。
これらの事実からDNAは、遺伝情報を担う中核物質であり、身体的特徴はその遺伝情報から形成されることが明確になってきているのだ。
誰からも教わらない「行動」も遺伝によって伝えられている
また、動物の行動的特徴についても、その多くはDNAに組み込まれていると推測される。これは、小さな動物でもかなり複雑な行動を生まれながらにとれるからである。
たとえば、カッコウのヒナがとる本能的行動は注目に値する。カッコウは托卵(たくらん)といって、アカモズなどの他の鳥の巣に、卵を産みつけて、その鳥に自分の子どもを養育させている。つまり、生まれてくるカッコウのヒナは別の種の鳥を親として育つわけだ。
当然のことながら、ここで生存競争が発生する。すなわち、托卵されたカッコウのヒナと、もともとその巣にいた種の鳥との間で、である。一見すると、単身敵地に放り込まれたカッコウのヒナの方が生存においてあまりに不利な状況のように見える。
ところが、卵からかえったカッコウのヒナは、誰からも教わることがないにもかかわらず、ライバルとなるアカモズの卵を背負って巣から落とし、生存競争に勝利するのだ。