シリコンバレーの思想家が直言「日本人が成功を遠ざけてしまう理由」
2021年10月13日 公開
米『WIRED』の創刊編集長を務め、テック界のビジョナリーと称されるケヴィン・ケリー。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾスなど伝説の起業家を取材してきた著者が出した、「イノベーションの結論」とは。(聞き手・大野和基、訳・服部桂)
※本稿は、ケヴィン・ケリー著『5000日後の世界―すべてがAIと接続された「ミラーワールド」が訪れる』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。
ビルゲイツもジェフベゾスも、成功の絶頂期にはカオスの底にいた
私は世界を変えたイノベーションを起こした何人もの人を取材しています。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス...彼らが世間的に最高峰を極めているときにはカオスの底にいたというのが私の結論です。
会社や国、インターネットといった、ありとあらゆるタイプの複雑系システムは、ある面で厳密な秩序を求めるようになります。より秩序を求めるような圧力が働くのです。カオスが好きな人はいません。会社員はよく「社内がカオス状態だからもっと規律を取り戻せ」と文句を言いますね。
しかしその一方で、物事には急に起きたり、制御が効かなくなったり、固有のカオスに向かう傾向があります。大型システムの研究でわかってきたことは、長期にわたって存続できたものは、完全に厳密な秩序と完全なカオスの縁の間にある、非常に薄い隙間の上をサーフィンするように滑って存在してきたものだということです。
いつでもその両側のどちらかに落ちる危険性をはらんでいるのです。絶壁のイメージであり、その絶壁の縁こそが、物事をずっと続けるうえで、まさに最適な領域、スイートスポットなのです。
最もダイナミックで成功している会社こそ、カオスの縁にいて完璧な秩序にも縛られないと感じているのです。もしそう感じていないのだったら、たぶんカオス側よりも秩序側に偏りすぎていて、ダイナミックな状態ではないのでしょう。
その実例は映画や雑誌のような定期的に何かを出している業界でしょう。そこでは締め切りというものが必然的にあります。映画では12カ月以内などと製作期間が決まっており、月刊誌は毎月の決まった日に出版されるし、テレビでは「6時のニュース」のように時間が決まっています。そしてそれを完璧なものにしようと、死ぬほど苦労します。
例えば私が以前編集長を務めていた雑誌『WIRED』にしても、毎月本当に出せるのかと思うぐらい大変です。期日どおりに出版できるなんて、まるで奇跡なのです。しかし翌月もまた次の月も、奇跡を起こし続けていくのです。
本当に物事がダイナミックに進んでいるなら、月を追うごとに楽になっていくはずだと思いますよね。でも、いつまでも絶壁の縁をさまよい続けているのは、毎月雑誌の質のハードルを高めていっているからなのです。われわれはいつでもその境界の縁まで自分たちを追い詰めているのですが、それはその部分が最も活気を帯びている部分だからなんです。
危険なことはやめて、なんとか秩序を作ろうと努めますが、結局自分たちを縁まで追い詰め、落下して破滅しそうになります。それが日常の状態で、いつもその境界の縁の部分にいて失敗しそうになりますが、実はこうした縁の部分で成功が立ち上がってくるものなのです。
成功したいなら「ラーメン助走路」を走れ
こうしたイノベーションは小さい会社だからこそ起こせるのであって、大きくなることでそれができなくなります。小さな企業を資金面で援助するベンチャーキャピタルも多くいますが、多額すぎる資金援助や先行投資をすると、イノベーションを進めるより買おうとしてしまいます。
ですから、スタートアップが可能な限りの資金を必要としていると考えるのは間違いで、大金を与えることで彼らを破滅させてしまうこともありえるのです。彼らがそれを理解するのには長い時間がかかるでしょう。
しかし、死なない程度にお金があればいいんです。それは冗談めかして「ラーメン助走路」と呼ばれています。「昼食にラーメンを食べられるだけのお金があればいい」のであり、もちろんそれはインスタントラーメンでも可です。
最近は日本のベンチャーキャピタルなどはお金が余っていて、良いアイデアを持った良いメンバーを揃えたスタートアップは大学などからかなりの資金が出ているとも聞きます。多額の資金を目の前にして要らないと言うのは非常に難しいですよね。
誰も100万ドルを提示されて拒否する勇気はないでしょう。しかし本当に頭の良い人は、甘い話に乗ったら失敗するとわかっています。ですから多くを望まない。ラーメン助走路さえあればやっていけるし、そのおかげでイノベーションを起こしクリエイティブでいられるのです。