“がんばろうKOBE”以来、25年ぶり優勝のオリックス...低迷期を支えた「ファンとの絆」
2021年11月12日 公開 2024年12月16日 更新
2021年、25年振りのパ・リーグ制覇を果たしたオリックス・バファローズ。昨シーズンまで2年連続で最下位と低迷が続いていたが、今年は就任1年目の中嶋聡監督の指揮のもと、両リーグトップの18勝と圧倒的な成績を残した山本由伸投手や、主軸の吉田正尚選手などの活躍が際立った。
シーズンの勢いのまま、悲願の日本一となるか。本稿では、プロ野球の現場を取材し続けてきたスポーツライターの喜瀬雅則氏が、オリックスの強さを支えた、知られざる「ファンとの絆」を明かす。
※本稿は、『稼ぐ!プロ野球 新時代のファンビジネス』 (PHPビジネス新書)の内容を抜粋・編集したものです。
※文中では初出の際に肩書、職位などを記した後は、字数などの関係もあり、敬称略とさせていただきました。また、カッコ内の「現」は、2021年1月末現在の肩書、職位です。
観客動員数はタイガースに惨敗も"健闘"
オリックス・バファローズの本拠地・京セラドーム大阪は、大阪市西区にある。阪神なんば線の「ドーム前駅」、または大阪メトロ長堀鶴見緑地線の「ドーム前千代崎駅」からだと、それぞれの改札から地下通路を抜け、エスカレーターで地上に上がると、太陽の光を受け、まばゆく輝いているシルバーの外観がすぐ右手に見える。
JR大阪環状線「大正駅」からだと、北西へおよそ500メートル。こちらからは、ドームを左前方に見ながら、5分も歩けば到着する。大阪を代表する食とファッションの街・ミナミから、オフィス街や官公庁が多いキタからも電車1本、数10分で来ることができる至便な場所になる。アクセスも抜群な、まさしく都市部ならではのスタジアムでもある。
ただ、その立地条件のアドバンテージを必ずしも生かし切れてはいない。
なにしろ隣県・兵庫には「阪神タイガース」というモンスター球団が存在する。年間300万人以上を誇る観客動員数は、同じ関西の球団でありながら、オリックスのほぼ3倍。2019年(令和元年)の309万1335人は、球界の盟主・巨人を6万人以上上回り、堂々の12球団トップの数字をマークしている。
阪神なんば線が全通したのは2009年(平成21年)。阪神尼崎駅から大阪難波駅までが1本でつながり、そこから近鉄難波線・奈良線へと続いていく。
奈良や東大阪、神戸や姫路から電車一本、直通で京セラドームまで行けるようになった。かつての近鉄のファンは、近鉄沿線の南大阪、東大阪や奈良に多い。アクセスがよくなれば合併したオリックスの応援にも来やすくなる。観客動員にも効果絶大のはずだ。
しかし、そんな球団の皮算用とは裏腹に、その年の観客動員は128万5907人。パ・リーグ6球団中5位、前年からの増加も1万9142人にとどまった。なんば線の"開通効果"とは、とても言い切れない微妙な数字に、口さがない浪速の野球ファンたちは、こう茶化したものだ。
「ドーム前で止まらんと、みんなそのまま甲子園まで行ってしもたんとちゃうか?」
実はなんば線の開通で、東大阪や奈良からも、甲子園へ直通で行けるようになっていたのだ。その効果とは断言できないが、その年の阪神の観客動員数は300万7074人で前年から3万人以上増加。12球団唯一の300万人の大台突破を果たしている。
そんなシニカルなジョークはさておき、オリックスの観客動員数も確実に上昇の傾向を見せている。ソフトバンクとの激しいデッドヒートを繰り広げながら、わずか勝率2厘差で優勝を逃した2014年(平成26年)は、前年比27万人の大幅増を見せ、実数発表となった2005年(平成17年)以降、初めて170万人台(170万3734人)に乗せた。
その後も、2019年まで160~170万人を安定してキープしている。
2019年3月に現役を引退した元マリナーズ・イチローが所属したオリックス・ブルーウェーブは、かつては神戸がフランチャイズ。阪神大震災が発生した1995年(平成7年)、被災地球団として「がんばろうKOBE」のスローガンを掲げてリーグV、翌96年(平成8年)には日本一に輝いている。
ただその後、長き低迷が続いており、2020年(令和2年)までの10年間で3位以上のAクラスは一度だけ。最下位も4度と、12球団の中で最も優勝から遠ざかっている。21世紀に入ってからは、いまだ日本シリーズに進出していない唯一の球団でもある(※2021年11月10日時点)。
それでも、2005年の実数発表後、パ・リーグで200万人の観客動員を達成しているのは2005~ 19年の15年連続となるソフトバンクと、2016~17年の日本ハムだけ。ソフトバンク以外の5球団は160~190万人台が"標準域"でもある。
近鉄との球団合併を経て誕生したオリックス・バファローズが神戸から大阪へ本拠地を移した2005年の観客動員数は135万6156人。当時パリーグは136試合制で、主催試合はその半分の68試合。2007年から14年は144試合制、15年(平成27年)から19年は143試合制と一概に比較はできないのだが、19年の観客動員数は173万3998人。
この15年間で、およそ28%の増加を達成している。長き低迷が続く中、同じ関西で阪神という超人気球団と競合しながらも、パのライバル球団と拮抗する観客動員数を挙げていることは、むしろ健闘しているともいえるだろう。
ビッグデータ活用で"ファン・ファースト"を実現
「一定の分母を作って、底上げしていく。小さくとも、それを何千人単位かで増やしていく。母集団を減らさない努力をしていかないといけないんです」
観客動員数の"穏やかな右肩上がり"をそう分析したのは、オリックス・バファローズの球団社長・湊通夫だった。
そのために、2014年(平成26年)から本格的に導入したのが「顧客管理」だった。
ファンクラブ会員は、本拠地・京セラドーム大阪内で入場時、飲食、グッズ購入の際に提示する「会員証」でのやり取りで、ポイントが付与される。この累積に伴い、ファンにはグッズとの交換などの特典がつくのだが、これによって球団側はファン一人ひとりの観戦時の行動を把握、分析することができる。
どういうチケットで、ファンクラブのどのカテゴリーで入場したファンが、ドーム内で何を飲み、食べ、どんなグッズを買ったのか。その「ビッグデータ」を分析すれば、ファンのドーム内での行動やその嗜好を的確につかめるのだ。つまり、CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)の実践だ。
かつての球団経営における"常識"は、ファン層全体のうち、25%程度といわれる「コア層」に対し「ここだけを相手にして、分かる人には分かればいいという考え方だった」と湊は表現する。これを「球団とファン、一対一の関係に持っていく」。ビジネス界では、当たり前の認識ともいえる「one to oneマーケティング」だが、これがひと昔前のプロ野球界と比較すれば、それこそ180度の転換でもある。
「セのものすごい人気球団とは違いますから、我々は汗をかいて、努力をする必要があるんです。ファンの方が『自分のことを見てくれているんだな』と思えるように、なるべく一対一の関係に持っていきたい。そうすれば、ドームにもう1回、行こうかなという気持ちになってもらえる。その"エンゲージメント"が大切だと思っています」
湊が強調したのは、まさしく"ファン・ファースト"の思考だった。
例えば、飲み放題のチケットをつける場合には、ファンの購入履歴から、ビールの購入回数が多い客層を抽出、ターゲットを絞った上でイベント告知のメールを配信する。さらに、観戦回数によって客層を細かく分類する。
毎試合のようにドームに観戦に来てくれる「コア層」には「サンクスレター」。1カ月近くドームに来場していないファンには「ごぶさたしております」。その前書きの上で、イベントやグッズの紹介を行い「来場をお待ちしております」。
湊によると「一斉メールだと、読まずに消去されてしまうんです」。だからこそ、ファン一人ひとりに、丁寧に語りかけないといけないのだ。