好調ライオンズを支える「野球を観ない球場」 プロ野球の常識を覆した新時代のボールパーク
2021年04月05日 公開 2022年10月06日 更新
プロ野球が開幕。徹底した感染症対策のもと、各球場にファンが詰め寄る光景が見られる。
そんななか、西武ライオンズの本拠地「メットライフドーム」(埼玉県所沢市)が改修された。球場だけでなく周辺施設も様変わりし、試合前から試合後までたっぷりと楽しめるエリアとなった。
本稿では、プロ野球の現場を取材し続けてきたスポーツライターの喜瀬雅則氏が、球場エリアを視察。未来を見据えた「大改修」のねらいを明かす。
*本稿は、『稼ぐ!プロ野球 新時代のファンビジネス』 (PHPビジネス新書)の内容を抜粋・編集したものです。
*文中では初出の際に肩書、職位などを記した後は、字数などの関係もあり、敬称略とさせていただきました。また、カッコ内の「現」は、2021年1月末現在の肩書、職位です。
画像:メットライフドーム前に移設される西武鉄道の車両(提供:西武ライオンズ)
元プロ選手が語る「ドーム改修のねらい」
メットライフドームの最寄り駅「西武球場前駅」は狭山線、山口線の終点でもある。
来場者を増やすことは、旅客運輸収入を上げることと半ばイコールだ。現在は西武と阪神の2社になってしまったが、かつて阪急、近鉄、南海、西鉄、国鉄など昭和の時代に鉄道7社が球団を持っていたのは、その効果が見込まれたからだ。
鉄道という「ハード」を活用して、野球という「コンテンツ」との相乗効果を生む。
しかも西武グループは、ホテル、遊園地、スケート場、スキー場、ゴルフ場、商業施設など、あらゆる施設を保有している。電車に乗って、ドームに行って、野球を見る。ホテルに泊まって、翌朝はゴルフに行く。遊園地で遊んだ後、駅に隣接した商業施設で夕食を取る。
持てる「ハード」と「コンテンツ」の組み合わせは、それこそいくらでも生み出せる。その"舞台"の1つとして、西武グループは3年間にわたり、180億円の巨額をつぎこんで、本拠地のあるメットライフドームエリアの大規模改修に乗り出していた。
今回の改修は、2021年(令和3年)春に終了。プロ野球のシーズン開幕に合わせ、リニューアルされたメットライフドームがフル稼働することになった。
西武ライオンズ事業部部長・髙木大成(高は梯子高)は、1995年(平成7年)にドラフト1位指名を受け、西武に入団。以後、10年間にわたって活躍した元スタープレーヤーだ。
プロ野球という「コンテンツ」の価値を高め、ビジネス展開していく。時代に則した、その「コンテンツ・ビジネス」の責任者でもある髙木は、改修されたメットライフドームエリアという"新たな装置"が生み出す相乗効果への期待を膨らませている。
「通常なら、試合開始の2時間前に開門なんですけど、その前から食事が取れたり、子供を遊ばせたりできる環境が整いました。
プロ野球って、昔はプレーボールから試合終了までが試合観戦でしたけど、今は試合開始2時間前の開門の、それよりも前から来て、家族で遊んで、試合終了後1時間くらいはイベントがあって、だいたい、6時間から半日くらい遊べる場所になりました。
テーマパークみたいな感じですね。レジャー施設と考えたら、1枚のチケットを考えれば、一般的なテーマパークより全然安いですからね。そういった感覚で来てもらえるような場所を提供していく」
2021年のメットライフドームでの公式戦入場料金は、曜日や対戦相手によって「スーパープレミアム試合」「プレミアム試合」「スタンダード試合」「バリュー試合」と、その価格が4段階に分かれている。
最も安い「バリュー試合」なら、ファンクラブ会員の大人2人・子供2人でライオンズ内野指定席SS(三塁側=西武のベンチ側)の前売り券を購入した場合、大人1枚4200円、子供1枚3000円だから、計1万4400円。
逆に最も高い「スーパープレミアム試合」でも、ライオンズ外野指定席C(レフト側)の場合、ファンクラブ会員なら前売り券が大人2600円、子供300円だから、大人2人・子供2人の家族連れで来ても、入場料は計5800円で収まる。
一方、東京ディズニーランドなら、大人の一日入場券「1デーパスポート」が8200円。4歳から11歳の小人は4900円、中学・高校生の中人は6900円。つまり、家族4人だと、入場料だけで2万円から3万円ほどになる。
それでも、非日常の世界での体験を求めて、多くの若者たちが、そして家族連れが、こぞって東京ディズニーランドへ足を運ぶ。そこには「わくわく」があり「どきどき」を感じる瞬間がある。
そうした"非日常の体験"を、いかにして提供できるのか。メットライフドームの場合、まずは「野球」というコンテンツを充実させるのが大前提になる。贔屓のチームが勝つ喜び。魅力ある選手が、プロならではのプレーを披露してくれることが、ファンのカタルシスを生む。
これに加えて、野球以外の部分で、つまりドームにいる間の「すべての時間」で楽しんでもらえなければならない。ドームをはじめ、野球を取り巻く"周辺の施設"を存分に活用してもらえるような仕組みが必要になってくる。
「リアルの価値」を提供できるか
ドーム改修の検討に入ったのは2014年(平成26年)頃からだった。日米の本拠地球場を視察するなど、およそ3年にわたって研究を重ねたという。
最大のテーマは、明確だった。
試合に勝って、ファンに喜んでもらうのは当然。さらに、チームの成績だけにはこだわらない、それ以上の「楽しみ」を提供できるスタジアムを創る―。
野球を見るのにちょっと飽きた子供たちが、遊べる場所がある。グルメを楽しみながら、どこにいても、臨場感たっぷりの中継映像が見られる。ホームランを打ったとき、ビジョンに流れる演出映像が、目の前のモニターに出てくる。
あらゆる場所に、エンターテインメント性、非日常感を演出し、常に楽しませることができなければ、ファンにもう一度、ドームに来ようと思わせることはできないのだ。
ファンを増やす。それは、球場へ通うリピーターを増やすというのと同義語でもある。
同じ「人を集めたイベント」という観点から考えれば、野球という「コンテンツ」の魅力を上げるのはもちろんのこと、メットライフドームという「ハード」の魅力も上げ、ドーム自体を楽しめなければならない。
野球さえ強ければファンが来る。それは、ひと昔前の「プロ野球興行」の発想だ。
「魅力あるコンテンツでないといけないですからね。
ボールパークという形で今後はやっていきますし、野球をしっかりとお見せするというのが大前提なんですけど、それにプラス、やはり球場の雰囲気、価値、リアルの価値ですね。
コンサートの映像を見たら、やっぱり、実際に行きたくなるじゃないですか?」
髙木の語るコンセプトは、「野球」からの視線では、決して生まれてこないものだろう。
髙木の話を聞かせてもらった後、その"新たなる"メットライフドームを案内してもらえることになった。
広報部の飯山優果は、桜美林大学の元野球部マネジャー。卒業後、一度は大手航空会社に就職したが「どうしても野球の世界で仕事がしたいと思って」と安定した会社員の地位を捨て、野球界へと飛び込んできた。
スポーツビジネスの世界は「ドリーム・ジョブ」と呼ばれる。
その"非日常"へいざなう舞台ともいえる本拠地・メットライフドーム。飯山の案内で見て回った、その"新たなる舞台"は、集客のための磁力に満ちた工夫と仕掛けが、あちらこちらにちりばめられていた。