今、コロナ禍もあり、多くの日本企業が厳しい経営環境にさらされ、真価を問われている。経営者には日々、的確な経営判断が求められているが、とりわけ「雇用・人事」面に頭を悩ませることが多いのではないだろうか。
本稿では、そうした経営者が抱える共通の問題に対して、有益な示唆を与えるであろう、京セラ名誉会長・稲盛和夫氏の講話を紹介する。本当に「強い会社」にするためにも、どうやって従業員の心をつかまえるか――。創業期に、経営の最前線で悩み抜くなかで培われた信念を切々と語るこの珠玉の講話には、経営のリアルがある。
※本記事は、稲盛和夫[述]・稲盛ライブラリー[編]『経営のこころ 会社を伸ばすリーダーシップ』(PHP研究所)に収録された47の講話の中の一項(1995年4月26日・「盛和塾」千葉開塾式での講話の一部)を抜粋・編集したものです。【写真提供:稲盛ライブラリー】
業績が悪くなるにつれて、幹部社員が辞めていき、経営がおかしくなる
経営者の皆さんが共通して悩んでおられることがあります。それはどうすれば従業員を掌握できるか、ということです。小さな組織、公認会計士や弁護士など、一般の企業ではない方も含めて、共通していえることです。
例えば幹部社員の育成を怠ってきた、または幹部社員との人間関係ができていなかった。そのために、業績が悪くなっていくにつれて、本当は幹部社員から、中堅社員、末端の社員まで団結して頑張らなければならないのに、そのときになって頼りにしていた幹部社員が辞めていく。そうした問題に直面しているという話をよく耳にします。
まさにそうなのです。弱り目にたたり目といいますか、業績が悪くなって、経営者として非常に心配になってくる。そんなときに、頼りにしていた中堅の幹部が辞めてますます経営がおかしくなっていく。これがいちばんの問題だろうと思います。
経営において大事なのは、従業員をいかに掌握するかです。これが経営の根幹をなすのです。気がついてみたら、自分だけが一生懸命頑張っていて、従業員の心をつかまえていなかった。いまさらそうなってからでは遅いのかもしれませんが、その改善に努めるということが皆さんにもあるはずです。
調子のいいときは、誰でもついてくるのです。給料も出してあげられますし、調子のいいことも言えますから誰でもついてきますが、やはりいちばん大事なのは、業績が悪くなったときに支えてくれる人間なのです。
本当の意味での「強い会社」にするために何が必要なのか
私も経験があります。会社の調子がいいときに「社長、私はあなたを信じていますので、とことんついていきます」と、よく言ってくれる中堅幹部がいました。
私がちょっと皮肉って、「調子のいいときはそう言ってくれる人もたくさんいるんですよ。でも、いちばん大事なのは、もう会社がつぶれるかもしれないというときに踏みとどまって私を支えてくれる人で、そういう人が私はほしいんだ」と言うと、
「それはもちろんです。みんなが辞めていっても私だけは最後まで残ります。たとえ給料が払われなくなっても、私が社長を支えますから」と返してくれる。
実際は、その人が最初に辞めました。そういう調子のいい人は、だいたい辞めていくのです。
私は京セラをつくったとき、従業員と私は家族のような関係でありたいと思っていました。例えば私が育った鹿児島には両親がいて、私は7人兄弟でしたが、その家族のような関係です。
また、私は結婚してすぐに会社をつくりましたので、新しくできた自分の家族と同じぐらいの関係でありたい。従業員とそこまでの関係でなければ、本当の意味での強い会社にはならないのだろうと、まずそう思いました。
経営のケの字も知らなかった私ですが、どうもそこに経営の原点がありそうだと思ったのです。
「家族のような関係の人がいなければ経営はできない」という思い
つまり、これだけ給料をくれるからその給料分だけ働くという従業員もいてもいいかもしれません。しかし、私と一緒に経営にあたってくれる幹部社員はそうではなくて、本当に親子や兄弟ぐらいの関係になってくれなければ、経営なんてできないのだろうと。
それは、私自身が実際、弱虫だったからです。強くないので、何とか私の片腕になってほしい、私を支えてほしいと思うものだから、家族のような関係の人がいなければ経営はできないと思ったのです。
経営者と従業員というふうに考えると何かドライな感じがして、私が思う家族のような関係にはとてもなりそうにありません。
そこで、京セラをつくってまだ何も分かっていなかったときに、私は「ウチの会社は家族主義で経営します。家族主義といっても大家族主義で経営します。なぜ大家族主義なのかというと、私は家族みたいな関係で、この会社をつくりたいのです。ただドライに、給料を払うからそれに見合う仕事をしてほしいという関係ではなく、親子や兄弟といった家族のような関係の会社にしたい」と、従業員に訴えました。
家族のような関係を従業員に求めようと思うと、まず私自身が従業員に対して家族のような愛情を持って接しなければなりません。
一方的に「私を守ってくれ」と言っても、守ってくれるはずがありません。私自身が親兄弟に接するのと同じような気持ちで十分に接しなければ、従業員だってそうなってくれるはずがないと思ったわけです。
会社がうまくいくこと、それは、全従業員が幸せになっていくこと
京セラの経営理念に「全従業員の物心両面の幸福を追求する」ということを謳ったのは、そうして悩んでいたときに求心力となるものがほしいと思ったからです。そして従業員の会社に対する求心力を増していくために、次のように訴えました。
「ウチの会社は、私が成功し、お金持ちになるためにつくったのではありません。この会社に一期一会で集まっていただいた従業員の皆さんが、物心両面で幸せになるためにつくったのです。従業員というのは業に携わる人、仕事に従う人ですから、私も含みます。私も含む全従業員が幸せになるために、この会社をつくったのです。ほかには何にもありません。稲盛家が成功して稲盛家がお金持ちになって、従業員はただ利用されるだけというものではありません。京セラという会社がうまくいくことは、加わった全従業員が幸せになっていくことなのです」
そして、従業員がこの会社に入って本当によかったと思うようにしたいということを必死で考えました。
そう考えると、この会社は誰のものでもありません。「皆さんと一緒に、私を含めてみんなが物心両面で幸せになるためにつくった会社ですから、私はこの集団全体のために死にものぐるいで頑張ります。だから皆さんも、この集団のために死にものぐるいで頑張ってください」。私はそう訴えて、率先垂範、必死で仕事を進めていったのです。
あわせて、ただ必死に頑張るだけではいけませんから、従業員とのコミュニケーションをとることも考えました。
夫婦の間でも、子供との間でも、コミュニケーションがなければうまくいきません。やはり話し合いがなければ、お互いに分かろうと思っていても分かり合えません。少しでもみんながお互いに理解し合うことは非常に大事なことです。
従業員にも私を分かってもらいたいし、私も従業員を分かりたいと思ったので、いろいろな機会をつくって接点を持ち、理解し合えるように努めました。