日本企業は、性別や年齢によって就業に制限を生んだり、ワークライフバランスの欠如といった深刻な問題を抱えている。これらの問題解決の糸口としては、欧米企業のように職務(ポスト)を限定した雇用システムに変えていく策が考えられるが、現状ではそれは困難である。何が日本企業を変革から遠ざけているのか。髙木一史氏が解説する。
※本稿は、髙木一史著『拝啓人事部長殿』(ライツ社)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
日本全体が「会社に依存した社会」になってしまっている
日本企業が欧米企業と完全に同じ形に変革していくには、大きなハードルがあったのです。
「なぜ会社の変革はむずかしいのか?」それは、ひと言でいえば、日本全体が「会社に依存した社会」になってしまっているから、だったのですね。
1969年、その後の日本の会社の方向性を決定づけたと言われる『能力主義管理─その理論と実践』の一文を引用します。
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「企業に対する忠誠心を植え付けること」「優秀な労働力を定着確保すること」「長期の人員計画および育成計画を行なうこと」「精神的に落ちついて働いて貰うこと」、(中略)終身雇用制は企業にとってこのような利点をもっている。
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これは裏を返せば、日本社会は「モチベーションの醸成」「雇用の確保」「人材の育成」という3つの点において「会社」に依存している、ということです。
国が生活を保障する欧州、会社が生活を保障する日本
まずは、「モチベーションの醸成」からその依存を見ていきます。日本社会では、会社の内側に入ることができれば、(査定による差はあるものの)だれもがそれなりに昇格して給与も上がっていくことが当たり前になっています。
しかし、もし欧米のように職務給に変えた場合、一部のエリート以外の大半の人たちは、昇格・昇給というモチベーションを得られにくくなります。
それだけならまだしも、さらに重要な点は、年功に比例して上がっていく「報酬/評価」のしくみが、日本社会においては「家庭生活の保障」という意味合いを持ってきたということです。
ここからはさらに、濱口桂一郎さんの『新しい労働社会』『日本の雇用と中高年』も参照しながら、両者の社会の特徴を見ていきます。
多くの場合、人は年をとればとるほどに子どもの教育費や住宅費など、よりたくさんのお金が必要になる傾向があります。しかし、職務給が採用されている欧州社会では、年齢が上がっても職務(ポスト)が変わらなければ、給与が上昇していくことは基本的にはありません。
では、生活や子育てにかかるお金をいったいどうやって賄っているのかというと、政府が用意する「社会保障」がその役割を担っています。
日本のように過度に年功的な賃金制度を持たない欧州諸国では、ある時期以降、フラットな給与カーブと必要な生計費の隙間を埋めるために、児童手当や住宅手当が手厚く支給され、教育費の公費負担や公営住宅も充実しています。社会のどこかが支えなければならない以上、企業がカバーしない部分は本来、公的に対応せざるを得ないわけです。
もちろん、日本でもその現実は認識されており、1960年代に欧米社会と同じ方向に舵を切ろうとしていたときには、政府も児童手当をはじめ社会保障制度の拡充を政策方針に盛り込んでいました。
しかし、経済成長期に日本の会社のしくみが国内外から賞賛されたこともあり、年功賃金は能力主義と名前を変えながらも、実は生活給としての色を残したまま、1人の成人男性が妻と子どもを養っていくために必要なだけのお金を賄ってきました。
政府からすれば、育児・教育・住宅といった費用を負担せずに済むわけですから、余計な支出が節約できるということで、こうした家庭生活の保障は、会社に任せる方向に少しずつ移っていきました。
つまり、もし日本企業が一斉に年功賃金を手放す、という話になれば、それは同時に、日本の政府が社会保障制度のあり方も見直していかなければならない、という話につながっていきます。