外部労働市場が発達した欧米、内部労働市場が発達した日本
次は「雇用の確保」における依存です。いまでも多くの日本企業が、会社内部の労働市場で強い人事権を発動させることによって雇用を守っています。
それとは反対に、外部労働市場が発達している欧米モデルを志向していくことは、雇用の流動性を高め、さまざまな人たちが会社の内側に入ることができる、あるいは会社の外に出やすくなる社会を目指していくことにほかなりません。
しかしこの点も、1つの会社が舵を切るだけではうまく歯車が回っていきません。欧米社会では、企業を超えた職務の市場価値、企業を超えて通用する資格や学位、企業を超えた職業組織や産業別組合があるため、会社を超えた基準やルールが存在します。
一方、日本社会はいまだ企業別労働組合の力が強いことからも明らかなように、依然として「会社を横断した基準」が確立されていません。そのため、もしある1社が社内にある職務を定義したとしても、それは1社だけの特殊な職務の定義にしかなりません。
事実、欧米社会と同じようなしくみに転換しようとしていた1960年12月、池田勇人内閣のもと閣議決定された国民所得倍増計画の「雇用の近代化」という章には、
「労務管理体制の変化は、賃金、雇用の企業別封鎖性をこえて、同一労働同一賃金原則の浸透、労働移動の円滑化をもたらし、労働組合の組織も産業別あるいは地域別のものとなる1つの条件がうまれてくるであろう」と書かれていました。
また、1963年に出された経済審議会答申「経済発展における人的能力開発の課題と対策」には以下の文言が記載されています。
「従来労働力の移動を阻害し、また企業内における人的能力の活用面からも問題を生じつつある年功賃金制度に代わって、将来は職務給制度の導入が予想され、すでに一部には部分的実施をみているが、そのためには職種、技能の標準化、客観化が必要である。
職種、技能の標準化、客観化のためには、職務分析が有効であるが、このためには基幹的職務の職務分析を、国などの企業をこえた第三者的機関によって行うことが必要である」
つまり、(特に企業規模の大きな会社が)外部労働市場を発達させていくためには、1つの会社だけが職務を限定しようとしてもダメで、社会全体で、企業を横断した基準をつくっていく必要があるということになります。
入社前に教育訓練を受ける欧米、入社後に教育訓練を受ける日本
そして、最後は「人材の育成」における依存です。もしも職務を限定した社会に変えていくのであれば、同時にかならず用意しなければならないのは、企業の外における教育訓練システムです。
先に触れたとおり、欧米社会では、入社前に職業教育を受けるのが一般的で、高校や大学といった教育機関も職業との間に密接な連携が見られます。学歴と専攻に従って公的な職業資格が与えられ、それにふさわしい仕事に入職する、というしくみが確立しているのです。
たとえば経理事務の仕事に就職したとすると、その人は基本的に一生、経理事務の仕事をやり続けます。なぜなら、それより難易度の高い決算の統括や計数管理は、大学などでその業務を学んだ人が就くからです。
また、それより難易度の高い経営管理などの仕事に関しても、グランゼコール(大学よりむずかしいエリート養成機関)や大学院などでそれを学んだ人が仕事に就きます。
このように、欧州ではどの国でも「学歴×職業×資格」という関係が存在しており、その職業にふさわしい教育を受けていなければ、そもそも特定の職務に就くことができないようになっています。
たとえばフランスでは、公的な職業資格は8000を超えると言います。つまり、学校でなにを学んだか、あるいはどんな職業資格を持っているかによって生涯どんな職業に就くかが決まっていきます。
アメリカはそこまで資格による敷居はありませんが、もしジョブチェンジするということになれば、同じようにコミュニティカレッジ(公的自己啓発機関)などで腕を磨く必要があるそうです。
もちろん日本にも職業高校がありますし、大学も職業教育機関としての性格を持っています。しかし、高度経済成長期以後の日本は、学校教育における評価基準が一般学術教育に偏り、職業という観点が軽視されてきました。
一応、公的職業訓練も存在していますが、依然として職業教育訓練は、質的にも量的にも圧倒的に会社に依存しているのが現状です。
大学側からすれば、大学とは「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする(学校教育法第八三条第一項)」のであるから、「職業訓練校のようなものにしてはならない」という考え方が根強く、
また、企業側からすれば、どうせ職務を限定せずに採用するのだから(会社に入ってからいろんな仕事をさせるのだから)、学校でどんなことを学んできたかなど関係なく、企業内職業訓練に耐えられる地頭など、素材としての能力が高い人を採りたい、という方向に流れていくことになり、偏差値という一元的な序列で評価する慣行が確立してしまいました。
実はこの教育訓練システムについても、欧米型への転換が叫ばれていた1950~1960年代までは公的人材養成機関を中心におく構想がありました。実際、1963年の人的能力政策に関する経済審議会答申では「職業に就くものはすべてなんらかの職業訓練を受けるということを慣行化する」という目標が掲げられています。
しかし、1973年のオイルショックを契機に政府の方針は、社会的通用性のある公的人材養成ではなく企業内人材養成に財政的援助を行う、という方向に大きく舵を切り、その後も(部分的な改善はあるものの)教育と職業の隔たりは埋まっていません。
もし日本企業が完全な欧米モデルを志向するのであれば、企業内教育訓練を手放していくということになります。しかし、そもそも欧米と日本では社会の教育システムがまったく違います。そんな状態でいきなり会社だけが変革を進めていくということになれば、日本社会において人材を育成する機能がなくなってしまう、ということだったのですね。