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いざというときに優先すべきこと

猪瀬直樹(作家/東京都副知事)

2012年04月03日 公開 2022年10月13日 更新

・イギリスからの「SOSツイート」

もうひとつ、通常の手続きを飛び越え、人命優先でスピードアップをはかったケースを紹介しよう。気仙沼の公民館の屋上に取り残された400人の救出劇で、4月15日にNHKの『ニュースウォッチ9』でも取り上げられた(NHK「かぶん」ブログ「命を救った情報ライフライン」http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/200/78890.html)。

震災当日、巨大な津波に飲み込まれた気仙沼市はその後、猛烈な火災に見舞われた。暗闇の中、真っ赤に燃えさかる気仙沼市の映像を覚えている方も多いだろう。そのとき、気仙沼市マザーズホーム園長の内海直子さんは同市の中央公民館にいた。そこには400人が取り残されて孤立していた。

唯一通じた連絡手段が携帯メールだった。「火の海 ダメかも がんばる」と打ったメールは、イギリス在住の長男・直仁さんに届いた。インターネットだから距離は関係ない。県境も国境も関係ない。

イギリスにいた直仁さん(@true_jentleman)はツイッターに書き込んだ。

「拡散お願いします!」障害児童施設の園長である私の母が、その子供たち10数人と一緒に、避難先の宮城県気仙沼市中央公民館の3階にまだ取り残されています。下階や外は津波で浸水し、地上からは近寄れない模様。もし空からの救助が可能であれば、子供達だけでも助けてあげられませんでしょうか。

またたく間にリツイート(RT)の輪が広がった。たまたまそれを見つけた東京在住の鈴木修一さん(@shuu0420)が僕宛にツイートした。

日付が変わった午前0時すぎのこと。僕のツイッターのアカウント宛には都内の交通機関の現状や被災地の現地からの情報が何百何千と届いていたから、目を光らせていた。一読して、この文章の真実味が伝わった。

そのときは、みんな混乱していたからデマも多かった。しかし、この文章は5W1Hがしっかりしているから、おそらく間違いないと判断できる。すぐに東京消防庁の防災部長を呼んだ。そのときのツイートがこれだ。

いま都庁防災センターにいる東京消防庁幹部にこれ刷り出し手渡した。「たいへんだ」と彼は言った。RT @shuu0420 @inosenaoki 障害児童施設の園長である私の母が子供たち10数人と一緒に避難先の気仙沼市中央公民館3階にまだ取り残されています。子供達だけでも助けて。(2011/03/12 - 00:23)

避難先の公民館のすぐ隣は火の海だということは映像を見ていれば想像がつく。この時点では、障害児童が10数人いるということしかわかっていなかった。400人というのは、現地にヘリが着いてはじめてわかったことだった。

 

・気仙沼へ、ヘリを急行

こういう状況では、避難者は119番に電話をかけるのがふつうだ。119番にかけると、地元の消防に電話がつながる。ところが、地震などの災害時には、電話回線の混雑を避けるための発信規制によって、緊急通報用の電話番号もつながりにくくなることがある。

さらに、今回は地元の消防署そのものが被災していて壊滅状態にあった。仮に電話がつながったとしても、人がいない。当然、東京消防庁にも地元からの出動要請は来ていない。

気仙沼の消防署員が何人も行方不明になっているような状況で、彼らが中央公民館に人が取り残されていることを把握しているとは思えなかった。彼ら自身、被災しているし、残った人も救難活動で手一杯だろう。

そのため、東京で判断して、前例はないけどすぐに行ってほしいと防災部長に提案した。防災部長は緊張した表情で、やらなければいけませんね、と応じてくれた。ただし、ヘリコプターは有視界飛行なので夜中には飛べないという。そこで、夜明けとともに出発しようとなった。当日は朝の5時半くらいから空が明るくなり、ヘリならば東京から1時間半である。

ヘリが現場に着くと、児童が10数人だと思っていたら、予想外に400人もの人が取り残されていた。そこで、容体が悪化したお年寄りや子どもから順番に救助がはじまった。最終的に、400人の避難者は全員救助できた。

発端となったメールを打った園長はNHKの取材に対し、「なぜヘリコプターが来たんだろうって思いましたね」と語っている。

イギリスの息子のツイートに、たまたま東京の人が反応して、それを僕のところに転送してきた。普段から僕がツイッターで発信していたから、反応のありそうな選択肢として、彼の脳裏に東京都副知事である僕の姿が浮かんだのだろう。ツイッターやフェイスブックを含めて、ソーシャルネットワークというものが非常に重要になってきている。

ヘリが現地に飛んだのは翌朝だが、地上部隊は何十台もの消防車を連ねて、夜のうちから高速道路を一路、気仙沼をめがけて走りつづけた。明け方近くに現地に到着した消防隊員の第一声は「気仙沼消防のみなさん、いらっしゃいますか?」だった。マイクを通じて、現地の消防隊員を探すところからはじまっている。消防は地元のネットワークを持っているから連携しようということだ。そのときの映像は都庁のホームページで閲覧できる(http://www.metro.tokyo.jp/SUB/MOVIE/TOKYOMOVIE/MOVIE/eq2011_0.htm)。

後で東京消防庁の人たちが言うには、「直接の119番通報でもなく、地元からの要請がないまま、他の自治体から消防が駆けつけたのは、はじめてではないか」ということだった。

地元の要請がなかったことは、「気仙沼消防のみなさん、いらっしゃいますか?」という第一声によってはからずも裏付けられている。緊急時には、前例がないというだけでは、やらないことの理由にはならない。

もうひとつ、ツイッターをきっかけに物事が動いた例を紹介しよう。以下は、「ふんばろう東日本支援プロジェクト」代表の西條剛央氏の近著『人を助けるすんごい仕組み』(ダイヤモンド社)からの引用だ。

東京都が保管している放置自転車を被災地に送る際に、ある区の担当者が「自治体までは送るが、個々の避難所までは送らない」と頑として聞かなかったことがある。

「そういうやり方をするから物資が山積みになるのであって、どうせ運ぶんだから、必要としているところまで運ばなければ意味はないんですよ」と言っても、否の一点張りだ。

そのときは、ツイッターを介して、副都知事の猪瀬直樹さんとつながっていたので、「では猪瀬副都知事に相談するので」と言って、一度電話を切ってから、猪瀬さんの携帯に電話をした。事情を話して、「このままだと、自転車が山積みになるだけなので、何とかしてもらえないでしょうか」とお願いしたところ、「わかった。担当者には僕からきつく言っておくから」と言って、鶴のひと声ですぐに避難所まで送れることになった。

ソーシャルネットワークができて、時間と空間の軸がこれまでとは違ってきた。ツイッターやメール、テレビの映像を通じて、従来の枠組みを飛び越えて情報が入ってくる。それをもとに自分で判断して、自分にできることをすぐに決断、実行する。

何が大事なのか。いま最優先で取り組むべきことは何か。危機の最中に何よりも重要なのは、ルールを守ることよりも、即断即決の実行力である。

 

■ポイント■

その瞬間に、何がいちばん大事なのか。既存のルールにしばられず、目の前の現実をしっかり見据えて、やるべきことをやる。危機管理の要諦である。

 

 猪瀬直樹

(いのせ・なおき)

作家、東京都副知事

1946年、長野県生まれ。1987年、『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞、1996年、『日本国の研究』で文藝春秋読者賞をそれぞれ受賞。2002年、小泉政権下で道路公団民営化推進委員を務め、道路公団の民営化を実現。2006年10月、東京工業大学特任教授、2007年6月には東京都副知事に任命される。
主な著書に『ペルソナ 三島由紀夫伝』『ピカレスク 太宰治伝』(以上、文春文庫)『昭和16年夏の敗戦』(中公文庫)『突破する力』(青春新書)『言葉の力』(中公新書ラクレ)などがある。

 

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