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宗教の意義とは? 現存する、不幸を“妖術”と解釈する社会

奥野克巳(文化人類学者)

2022年08月26日 公開

急速な工業化とグローバリゼーションがもたらした気候変動によって、人類のみならず、その他の地球上に生きとし生けるもの、挙句は地球そのものの存続すら危ぶまれようとしている。近年、そのような危機的な時代を「人新世」と呼ぶようになった。

そんな時代を生き抜くために必要な羅針盤として、いま改めて「文化人類学」という学問が注目されている。長年、東南アジアで狩猟採集民・プナンとともに暮らし、研究を行ってきた著者が語る人類の多様な生き方は、閉塞感が漂う現代社会をサバイブするための重要なヒントを与えてくれるはずだ。

『呪術廻戦』などを通して、改めて注目されている呪術。それは、現代の日本ではもはや迷信として語られることも多いが、世界ではいまだ息づくところが少なくない。果たして呪いとは非合理的なものなのだろうか。呪術を通してもう1つの世界を見ることの必要性を考える。

※本稿は、奥野克巳著「これからの時代を生き抜くための文化人類学入門」(辰巳出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

宗教とは何か

ここでは人間の生活にはこれまた欠かすことのできない「宗教」というものについてお話ししたいと思います。とはいえ、宗教を「欠かすことのできない」ものというと、首をかしげる方も多いかもしれません。

科学の進展とともに合理的な考え方が浸透し、神や仏、あるいは死の世界だったり、呪いのような神秘的とされたりするものは、非合理的でデタラメに過ぎないと考える方も多いでしょう。

あるいは近年人気と話題をさらっている『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』のように、鬼や呪術といったものはあくまでもフィクションの世界のもので、人間の実生活にはなんの関係もないと思う方もいらっしゃると思います。

しかし、果たして本当に「宗教」とは、非合理的でデタラメなものなのでしょうか。現代を生きる上で、不必要なものなのでしょうか。

結論を先取りして言えば、宗教や宗教に付随する儀礼、呪術などは、人間が人間であるためには欠かすことのできない文化的な思考や行動であり、かつ社会的なつながりや関係の維持に大きく寄与してきた枠組みのひとつなのです。

それは、人間を人間たらしめ、かつ自らが生きる世界を秩序立て、認識できるようにする方法でもあります。そこには、現代人にとっても、現代を生き抜く上でのさまざまな知恵がちりばめられているのです。

 

「類感呪術」と「感染呪術」

文化人類学がこれまで研究対象にしてきた世界各地の文化・社会では、さまざまな呪術が行われています。文化人類学者はこの多様な呪術を調べ、分析し、いくつかの類型にまとめてきました。

『金枝篇』というたいへん有名な本を書いたジェイムズ・フレイザーは、フィールドワークの経験はなかったのですが、おびただしい数の文献を渉猟して、呪術を2つの型に分類しています。

ひとつは「類感呪術」と呼ばれるもので、呪術の対象と似たものを持ってきて、操作を加えるというものです。つまり「似たものは似たものを生み出す」という原理に支えられた行為と言えます。

具体的には火を焚いて黒い煙を出すことで雨雲を発生させ、雨を降らすという雨乞いの呪術などがあります。雨雲は黒い煙と似ています。似たものを持ってきて、それを操作し目的を達成しようとする呪術です。

これに対して、フレイザーは「感染呪術」という、もうひとつの類型があると考えました。

それは、呪術の対象となるものの一部であったり、あるいは呪術の対象となる人が触ったり使ったりしていたものを用いて、呪いをかけるというものです。ものは、たとえ元の持ち主から切り離されたとしても、効果を及ぼすと考えられます。

例えば、呪術をかけたい人の髪の毛や爪、あるいは衣服などがこれに当たります。彼や彼女から抜け落ちた髪や、爪切りをした後に出た古い爪、脱ぎ捨てた衣服などを拾ってきて、それらに呪文を唱えたりするのです。その結果として、その人物は怪我をしたり、病気になったりするのです。

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