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宗教の意義とは? 現存する、不幸を“妖術”と解釈する社会

奥野克巳(文化人類学者)

2022年08月26日 公開

 

科学的な思考だけが合理的で真実なのではない

このようなことは、例えば、病気の告知などについても言えるでしょう。がんになり余命宣告を受けた時、人は「なぜ俺が」「なぜ私が」と問うでしょう。しかし、医師が説明するのは、病気がどのように発生し、進行しているのかということばかりです。

なぜこの時、この瞬間に自分ががんになったのか、他でもない自分なのかという問いには答えていません。

科学的な思考だけを合理的で真実だと考えてきた私たちは、アザンデの人々が妖術をつうじて説明する「もうひとつの合理性」を忘れかけているのではないでしょうか。

このような因果を問うことを人類学では「災因論」と呼びます。エヴァンズ=プリチャードはアザンデの人々の災因論を取り上げ、彼らが妖術によって、ケガや病気や死などの不幸の出来事を説明することは、決して非合理的ではないことを教えてくれます。

そのことを「合理的説明の相対性」と呼ぶことができますが、それはつまり、科学的な合理性のみが、唯一の合理性とは限らないのです。

 

自分の「あたりまえ」では解決できない問題を乗り越えるヒント

現代の日本人は無宗教だと言われることがあります。しかし、仮に宗教を科学の合理性とは異なる、別の合理性に基づく世界理解のあり方だとするならば、それは一概に否定してしまってはならないでしょう。

現代社会においては、身体的な病気だけでなく、心の病も深刻化しています。年間2万人以上の人々が自ら死を選んでいるこの現代日本は、本書で紹介している先住民の人々からすれば、ある種「異様」な光景に映るかもしれません。

アザンデの人々の災因論で述べたように、私たちの「あたりまえ」では解決できない、苦しみや怒り、悲しみなどは、別の理の中で解決したり、和らげたりすることができるのかもしれません。

宗教とは本質的にそのような力を人に与えてくれるものだったのであり、今後もそうであり続けるのではないでしょうか。

 

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