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経済の複雑な問題を「自分の頭で考え抜く」ためのヒント

伊藤元重(NIRA理事長/東京大学大学院教授)

2012年05月01日 公開 2022年11月02日 更新

 

電力料金引き上げをタブー視してはいけない ~「不便だから、むしろ料金を上げてみる」という逆転の発想~

まだバブル景気華やかなりし頃だったが、首都高速道路の混雑が深刻だったので、朝晩の混雑時には通行料金を高くするのも一案だと言ったら、いろいろな方からご批判をいただいた。ただでさえ混雑して不便な首都高なのに、なぜ今までより高い料金を支払わなくてはいけないのだ、という批判である。

同じようなことは鉄道料金でもあった。朝晩の通勤ラッシュの時間帯だけ料金を上げたらどうかと言ったら、ラッシュの混雑で苦しんでいるのに、料金引き上げでさらに苦しめるのかと叱られた。

経済学的に考えれば、混雑が起きているときには料金を引き上げて混雑を解消するのは当然のように思われる。しかし、世の中では、混雑で苦しんでいるのは弱者であり、その弱者をさらに苦しめる料金引き上げはけしからんという議論になる。

今、世の中で起きている電力料金の議論にもそのような考え方が見えてくる。今回の原発事故の責任は東京電力にある。損害賠償や火力発電活用による費用増大を料金引き上げで利用者に転嫁するのはけしからんという意見だ。

確かに、地域独占企業である電力会社が安易に料金引き上げをするのでは困る。まず、配当をゼロとするなど株主が責任をとらなくてはいけない。ただ、社会に大きな被害をもたらした電力会社だから電力料金を引き上げるのはけしからんというのもおかしい。

経済には需要と供給の原則がある。需要が供給を大きく上回ったら、価格を引き上げざるをえない。電力の供給不足に対して、計画停電を実行したり、あるいは利用者ごとに節電目標を立ててもらったりして無理矢理に需要を押さえ込もうというのは、短期的な非常策としては妥当だが、長続きする政策とは思われない。

いずれは需給状況を反映するように電力料金を引き上げていって、需要を抑制せざるをえない。供給拡大を強化する場合でも、それは火力発電や自然エネルギーなど発電コストが高いものなので、電力料金は引き上げざるをえないのだ。

2011年の夏には、電力不足が問題となった。エアコン需要が増えて、電力不足になるという。それではなぜピークになる夏の一時期だけ、電力料金を引き上げるような政策が議論にならないのだろうか。

今さら料金を引き上げても電力需要は減らないという需要調整に対する悲観論もある。しかしそれはやってみなくてはわからない。少なくとも料金を固定しておいて企業や家計の利用者に主体的な節電だけを求める、計画経済的な仕組みが長続きするとも思われない。

電力料金を引き上げても、それが電力会社の利益になるのでは困る、という電力会社への反発もあるだろう。それなら、電力料金の引き上げではなく電力税にして、その税収で代替エネルギーや省エネの投資を行えばよい。

電力料金が上がれば、日本企業の競争力が削がれるとも言われる。しかし、料金が上がらなくても、電力供給が制約されれば同じことだろう。電力料金引き上げをタブー視してはいけない。

【視点】
「弱者を苦しめるから」というだけの理由で、料金の値上げをタブー視するのは少々おかしい。本当に長続きする対策は何かを考えるべきだ。

 

伊藤元重

(いとう・もとしげ)
 
総合研究開発機構理事長

東京大学経済学部卒。1979年米国ロチェスター大学大学院経済学博士号(Ph.D.)取得。専攻は国際経済学。1996年より東京大学大学院経済学研究科教授、2006年2月より総合研究開発機構(NIRA)理事長、現在に至る。2007年から2009年まで東京大学大学院経済学研究科研究科長(経済学部長)。
『ゼミナール現代経済入門』(日本経済新聞出版社、2011年)『危機を超えて――すべてがわかる「世界大不況」講義』(講談社、2009年)『キーワードで読み解く経済』(NTT出版、2008年)『伊藤元重の経済がわかる研究室』(編著、日本経済新聞社、2005年)『ゼミナール国際経済入門 改訂3版』(日本経済新聞社、2005年)『はじめての経済学(上・下)」(日本経済新聞社、2004年)『時代の“先”を読む経済学』(PHPビジネス新書、2011年)など著書多数。

 

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