軍事技術から生まれたお掃除ロボット「ルンバ」 中国企業との競争激化...その背景とは?
2025年05月29日 公開

皆さんは「ルンバブル」という言葉をご存知だろうか?
掃除ロボット「ルンバ」が効率よく動き回ることができるよう部屋の環境を整えることを意味します。そんな言葉が生まれるほど、ロボットは我々の生活の中で欠かせない存在になってきています。
そんなロボットの今をロボット開発者の安藤健さんに解説して頂きます。
※本稿は『ロボットビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)より一部を抜粋編集したものです。
軍事技術から生まれた「ルンバ」
掃除ロボットと言えば「ルンバ」。多くの人がそんな印象を持っているかと思います。
もはや掃除ロボットのことをルンバと呼ぶ人も大勢います。ホッチキスのように商品名が商品カテゴリーそのものの呼び方になっているのです。
しかし、ルンバを開発したiRobot社はもともと軍事ロボットの会社ということをご存じの方はロボット業界以外では少ないかもしれません。
iRobot社が開発したパックボットというロボットは、9・11のテロの捜査、イラクやアフガニスタンでの偵察や爆弾処理に3500台も投入された実績もあります。
そして、日本人もとてもお世話になったロボットでもあります。東日本大震災による福島第一原発事故の際には、いち早く現場に導入され、放射線量の計測や内部状況の動画撮影に活用されたのです。
1990年、アメリカの名門大学MITで教授を務めるロドニー・ブルックスと彼の仲間たちはiRobot社を設立し、最初は軍事用のロボットの開発に注力しました。
創業者のブルックスは、ロボット工学界で非常に有名な人物です。彼は「サブサンプション・アーキテクチャー」という概念を提唱し、ロボットをより生き物のようにシンプルな行動の組み合わせで動くようにしたのです。
真っすぐに進み、ぶつかったら回転し、また真っすぐに進む。掃除ロボットのこのシンプルな行動の繰り返しはまさにブルックスの技術そのものです。
彼らは、軍事用ロボットで得た技術を応用し、2002年に家庭用ロボットである初代「ルンバ」を発売しました。
「退屈・不衛生・危険な仕事から人々を解放する」というビジョンは維持したまま、B2B市場からB2C市場に変更したのです。
高機能でニッチな軍事市場から、低機能で規模が大きい掃除市場への転地です。この経営判断は大きな転機となり、会社の発展を決定づけました。
ルンバは、効率的な部屋の掃除が可能で、その使いやすさや性能が評価され、一躍人気商品となりました。創業から13年間連続赤字から脱却し、ルンバ商品化の翌年2003年には黒字化を達成したのです。
本格的に世の中に普及したサービスロボットの第1号の誕生の瞬間です。
ルンバの成功は、iRobot社の巧みな戦略転換と革新的な技術力によるものです。そして、それは単に掃除を楽にするだけでなく、人々の生活様式や文化を変えるほどの影響を与えました。
小さな円盤型ロボットが、家事の概念を根本から覆し、仕事や買い物など出かけているあいだに部屋をきれいにしてくれるという新しい文化を創造したとも言えるのです。
実際、ルンバは、絶えず進化を繰り返しながら、世界で累計5000万台以上が販売されています。日本での世帯普及率は2024年に10%を超え、いまや多くの家庭でその姿を見かけるようになりました。
猛追する中国メーカー
最近、家電量販店に行きましたか?
テレビ、冷蔵庫、エアコン、多くの家電商品が売られているなかで、掃除ロボットもかなり大きなエリアを使い、販売されています。その一等地に置かれているロボットに変化が見られます。
掃除ロボットの市場では、ルンバで知られるアメリカのiRobot社が長らく市場を支配してきましたが、近年、その地位が揺らいでいることが明らかになっています。
かつてはルンバ一択だった市場も、いまや多様な選択肢が生まれているのです。特に注目されているのが、中国のロボットメーカーです。
彼らの勢いには目を見張るものがあり、驚くべきことに、iRobot社と中国トップのエコバックス社は、現在ほぼ互角のグローバルシェアを持っており、調査によっては、iRobot社が首位から陥落するというデータも見られます。
さらにその後方では、三番手として中国のロボロック社が追い上げています。中国製ロボットが「安かろう悪かろう」と言われていたのはもう昔の話です。いまやその評価は一変しています。
現在では、エコバックスやロボロックといった中国企業は、非常に高いレベルのロボット技術やAI技術を有しています。低価格帯から高価格帯まで、さらには吸引タイプから水拭きタイプまで、そして、自動洗浄ドックなど新しい機能も続々と市場投入しており、幅広いラインナップで消費者にアプローチしています。
この全方位的な戦略が、消費者のニーズに柔軟に対応し、市場シェアを獲得する要因となっています。
その結果、エコバックスは2023年、ルンバを上回る販売実績を記録し、その時価総額は約440億元(約8600億円)に達しました。
これは、iRobot社の約5倍に相当します。このようにして、中国のロボットメーカーはその勢いを増し、業界全体を変革しつつあります。
中国企業は、母国市場の急成長に支えられてきました。拡大する中間層が掃除ロボットを特別な存在から一般的な家電のひとつにしたのです。
そして、中国で鍛え上げられたコスト競争力も使いながら、グローバル市場に食指を伸ばし始めました。当然、海外に進出する中国企業は、ブランドの認知度と消費者の信頼という課題にぶつかりますが、グローバルなオンラインショッピングの拡大は、スタートアップメーカーが消費者に直接アプローチする手助けとなっているのです。
もちろん、iRobot社も「iRobot Elevate」戦略として、イノベーティブな新製品やブランド強化に取り組んでいますが、市場環境は厳しさを増しています。
この世界的な競争は今後も続くでしょうが、それによって消費者にとってはよりよい選択肢が提供されることになるでしょう。