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手術支援ロボット「ダビンチ」が拓く未来

宇山一郎(藤田保健衛生大学医学部上部消化管外科教授)

2015年10月22日 公開 2015年10月23日 更新

《PHP新書『日本の手術はなぜ世界一なのか』より》

PHP新書『日本の手術はなぜ世界一なのか』

「ダビンチ」のここが凄い!―ロボット手術時代の幕開け

 

開腹手術と腹腔鏡手術

 ロボット手術の話をする前に、従来の胃がんの手術方式である開腹手術と腹腔鏡手術について説明しておこう。

 開腹手術とは文字通り、お腹を切って開いた状態で行なう手術のことだ。

 「メスを入れる」とは、まさに開腹手術のことをいい、いまも消化器系がん手術のガイドライン上では標準治療となっている。

 日本国内で行なわれた外科手術の症例を集めた巨大データベース、「National Clinical Database」(NCD)によれば、胃がん手術のおおよそ6割強、つまり半数以上は開腹手術によるものだ。

 開腹手術は切り口が20センチメートルほどになり、手術から退院まで時間がかかるが、医療費が若干安いのと、熟練した医師が多いことから主流の手術となっている。開腹手術が標準治療となっているのは、その歴史が長く、腹腔鏡手術よりは難易度が低いので、多くの外科医が安全に施術できるからだ。

 腹腔鏡手術は、腹部に5カ所ほど0.5~2センチメートル程度の小さな孔を開け、そこからカメラと手術用の器具を入れて行なう手術だ。体内にカメラを入れて行なう内視鏡手術の一種である。

 世界に先駆けて日本で開発された手術だが、まだ20数年の歴史しかなく、「胃癌治療ガイドライン第4版」(日本胃癌学会編、2014年5月改訂)では、「標準治療として推奨されていないが、有望とされる研究的治療」とまでしか書かれていない。

 つまり、「ステージI」の胃がんに対する腹腔鏡手術は、最新のガイドラインでは標準治療の選択肢の一つとして位置づけられており、「ステージII」以上は臨床研究段階という状況である。

 腹腔鏡手術は、傷口が小さいので術後の痛みが少なく回復が早い、傷跡がわかりにくいなど、開腹手術にはないメリットがある。そのため、腹腔鏡手術はまだ半数以下とはいえ、比率は年々上がっている。

 腹腔鏡手術によって胃を全摘することもある。腹腔鏡手術で開ける孔は小さいので、「どうやって胃を取り出すのか?」と思われるかもしれないが、これはそんなに難しいことではない。

 まず、カメラを入れるヘソの部分だけ2センチメートルほど切り、観音開きになる状態にしておく。そして臓器を取り出す際に、切開した2センチメートルを4〜5センチメートルほどに広げる。手術中は筋弛緩剤の影響で筋肉が緩くなっているため、何も入っていない空っぽの胃は簡単に取り出せるのだ。

 余談だが、本項で紹介した「NCD」というデータベースは日本消化器外科学会が始めたもので、一般社団法人National Clinical Database によって運営されている。

 「NCD」は2011年にスタートしたばかりだが、参加する学会は年々増えており、現在、日本で一般外科医が行なう手術の95%以上、年間120万件以上の手術症例が登録されている。一般の方は閲覧することができないが、医師であればいつでもどこでもアクセスできるので、同じような症例を扱う際にはとても参考になる。

 

ロボット手術は腹腔鏡手術が進化したもの

 開腹手術と腹腔鏡手術の違いについてはすでに述べた通りだが、両者の手術時のリスクについて、ここでくわしく説明しておこう。

 繰り返しになるが、開腹手術は文字通り、病巣を摘出するために腹部を切り開くものだ。

 胃がん手術の場合、みぞおちからへそのあたりまでメスを入れて20センチメートルくらい切開する。腹部は脂肪で覆われているため、まず、脂肪から胃や十二指腸を切り離さなければならない。

 胃につながる血管を切り離していくときには、血管のまわりのリンパ節を取っていく。リンパ節にはがん組織が潜んでいる可能性があるので、リンパ節をきちんと取り除く。これは非常に細かな作業となる。

 胃の全摘手術の場合は、胃の口側の食道と、胃の肛門側の十二指腸で切り離して、胃のすべてを摘出する。そのあと、小腸と食道を細かく縫ってつないでいく。

 開腹手術の最大の問題は、傷口や体内の損傷である。人間の体には、「創傷治癒」といって傷を治そうとする生理作用がある。

 通常、内臓は外気に触れることなく機能しているが、開腹すると外気に触れることになる。内臓にとっては外気も異物であり、免疫機能が過剰に働いて傷を治す力が強くなる。その結果として、開腹手術をすると、くっついてもらいたくない腸管どうしがくっついたり、腸管が腹壁にくっついたりする癒着が起こることがある。

 癒着によって腸閉塞が起こると、最悪の場合は閉塞部が壊死を起こして死に至ることもある。また、内臓が外気に触れることで感染症のリスクが高まる。

 こうした体に生じるダメージを少しでも減らすために開発されたのが、内視鏡(カメラ)を使った手術だ。内視鏡を使って胸部の手術が「胸腔鏡手術」と呼ばれ、腹部の手術を行なうものが「腹腔鏡手術」と呼ばれる。ホースのように曲がる胃カメラや大腸カメラと違って、胸腔鏡手術と腹腔鏡手術に使われるカメラは、30センチメートルほどの長さの棒状のものだ。

 腹腔鏡手術では、腹部の数カ所に開けた0.5~2センチメートルほどの孔の1カ所に腹腔鏡を入れ、残りの孔に細い鉗子やハサミなどの器具を挿入する。執刀医は、腹腔鏡で映し出されたお腹の中の映像を見ながら、挿入した鉗子やハサミを使って、切ったり縫ったりしていく。

 腹腔鏡手術は、腹部を切り開かずに孔を開けるだけなので、傷口が小さいのが大きなメリットである。術後の痛みも少なく、手術の当日、あるいは翌日には歩行可能となる。すぐに動けるので血栓ができにくくなり、肺梗塞や無気肺といった全身合併症のリスクを減らすことができる。内臓が外気に触れにくいので感染症のリスクも減らせる可能性がある。こうしたダメージの少ないものを「低侵襲」という。

 腹腔鏡手術は開腹手術と比べるとさまざまなメリットがあるが、細かい作業がしにくいというデメリットもある。腹腔鏡手術のメリットを生かしながら、デメリットを減らすように進化させたのがロボット手術である。

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