
30年間に渡り、ホスピス病棟(治療が難しいと診断された末期がんの患者さんを専門に関わる病棟)で働く小澤竹俊さんは、4000人以上の患者さんとのお別れを経験され、「たとえどんな人生であったとしても、人は幸せになれる」ということを学んだといいます。
本稿では、「親の介護」についてお話を伺います。
※本稿は、小澤竹俊著『だから、あなたも幸せになれる』(大和出版)を一部抜粋・編集したものです。
ジレンマを克服する後悔が少ない人生の決め方
どの選択肢を選んでも、良くない内容が含まれることがあります。
たとえば親の介護のために、仕事を続けながら親の介護を行うか、仕事を辞めて、親の介護に専念するかで悩んでいる人を考えてみましょう。
仕事を辞めて親の介護を選ぶと、親が亡くなった後に生計を立てていくだけの仕事に就けず、仕事を辞めたことを後悔するかもしれません。
もし、仕事を続けながら親の介護を行えば、中途半端な関わりしかできず、仕事を辞めなかったことを後悔するかもしれません。
このように、どちらを選んだらよいか悩み続ける人は少なくありません。
ここからは後悔が少ない人生の選択肢の選び方のポイントを紹介しましょう。
① 大切なことは一人で決めない
人生の大切な選択肢を選ぶときは、一人で決めないことです。
大切な選択肢を決める責任を一人で負わないためです。特に医療の内容については、いのちに関わることとなります。
たとえば、栄養についての選択肢を選ばなくてはいけないことがあります。
具体的には、胃瘻などによる経管栄養を行うのか、それとも口から食べられるだけの自然経過を見守るのか、決めないといけない場合です。
本人と家族で意見が一致していれば問題はありません。しかし、すべての家族が一致しているとは限らないこともあります。
一人で決めると、その後で、違う選択肢を選んだほうが良かったのではないかとの悩みが残り続けてしまいます。
しかし、みんなで話し合って決めた選択肢であれば、どの選択肢を選んだとしても、後悔は少なくなります。
② 専門家の言いなりにならない
医学的な情報となると、どうしても専門家の意見に左右されることがあります。
たとえば、誤嚥性肺炎を繰り返す患者さんの主治医から、「胃瘻による経管栄養を行わなければ、いのちの保障はありません」など家族に言われたりすることがあります。
もし家族が胃瘻を造らないことを選んだとき、いのちを縮める選択をしたような罪悪感を持ってしまうかもしれません。
いのちに関わる選択肢を選ぶことは、どうしても専門的な知識を持つ人の意見に左右されがちになります。
治せる病気を治すことは大切です。しかし、あえて言えば、いのちの大切さを考えたとき、いのちの長さだけを問うのではなく、いのちの質として、本人が幸せであり、家族も幸せであることを考えていく必要があります。
本人にとって何が幸せなのか、家族にとって何が幸せなのかは、専門家には知り得ないことです。
これは、医師の立場での意見としてのアドバイスですが、専門家の言いなりになることはおすすめしません。
③ 一回で決めず、みんなで悩み、みんなで決めた選択肢であれば、
どの選択肢を選んでも後悔が少ない
今まで紹介したように、大切な人生の選択肢を選ぶことは、慎重に進めないといけません。
場合にもよりますが、救急搬送先で、人工呼吸器をつけるか否かを1時間以内に家族で決めてくださいと言われることもあります。
この場合には、限られた時間で決めないといけません。
しかし、人生の大切な選択肢を選ぶ場合、できれば、一回で決めるのではなく、少し時間をおいて、冷静になって考えることも大切です。
一人で決めず、一回で決めず、専門家の言いなりにならず、皆で悩み、皆で決めた選択肢であれば、どれを選んでも後悔は少なくなります。
④ わかってくれる人を探そう
人生の大切な選択肢を選ぶうえで、どちらも選んでも悩むとき、気持ちが穏やかになれる可能性として、わかってくれる誰かの存在が欠かせません。
私は、いのちの限られた患者さん、家族と向き合うときに、いつも意識していることがあります。
苦しんでいる人は、自分の苦しみをわかってくれる人がいるとうれしい、ということです。
親の介護でも同様です。 徐々に弱っていく親を前に、子どもとして何が最善なのか、まったく検討がつかない人がいます。
どれほど介護に関する情報を収集したとしても、具体的に何をして良いかわからずに、後悔ばかりしている人もいます。
それでも、悩んでいる自分のことを、わかってくれる誰かがいたならば、気持ちは楽になります。
ここでのわかってくれる人とは、何かをアドバイスする人ではありません。専門的な知識や経験が豊富な人とも限りません。
わかってくれる人とは、ていねいに話を聴いてくれる人です。
⑤ 人生会議の落とし穴に気をつける( 手抜きケアを見落とさないこと)
ここまで親の介護の話と大切な人生の選択肢について紹介してきました。
この数年で、大切な人生の選択肢についての話し合いを人生会議と呼ばれるようになりました。
望まない救急搬送、希望する医療などをあらかじめ話し合うことは大切です。
しかし、大きな落とし穴があることを指摘しておきます。
それは、人生会議を通して、延命治療などを希望しないことを決めたことで手抜きのケアが行われてしまう危険性があるということです。
一瞬、耳を疑う言葉に聞こえますが、似たような事件がイギリスでありました。リバプールケア・パスウェイの失敗です。
詳細は省きますが、不適切な緩和ケアの導入のため、まだいのちが残されているにもかかわらず栄養が中止されたり、適切な痛み止めを使わずに、鎮静で眠らされたりする事例が多発し、イギリスでは中止となりました。
同じことが日本でも起きかねません。
具体的には、介護施設に入所する際に、延命治療や救急搬送の希望をしない約束を取り決めることは、望まない救急搬送を減らすためにも大切です。
問題は、その後です。
今後、介護人材が不足していく時代を迎えます。限られた人員でケアにあたるとき、食事の際に、わずかな誤嚥を起こし、微熱などが出ることがあります。
本来であれば、適切な嚥下リハビリや嚥下食などを行っていきます。
しかし、人員不足の中で、看取り対応というラベルを貼られると、嚥下に関するリハビリや食事の配慮をせずに、いきなり食事を止められてしまう危険性が0ではありません。
さらに、本人の認知機能が低下していれば、食事が止められたことを訴えることもできないまま看取り対応となる危険性もあります。
施設側のモラルにもよりますが、外からはなかなか指摘しにくい課題であり、看取り対応という名の手抜きケアにならないように用心しておく必要があります。