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「親の介護は自分のため」12年以上、認知症の母の世話を続けられている理由

工藤広伸(介護作家)

2025年02月06日 公開

「親の介護は自分のため」12年以上、認知症の母の世話を続けられている理由

12年以上認知症の母の介護を続けている、介護作家の工藤広伸(くどひろ)さん。介護を始めたきっかけは、介護から逃げたことを後悔したくない、という思いからだったそう。このことから工藤さんは「親の介護は、自分のため」なのだと語ります。長年介護をしていても明るさを失わない工藤さんの秘訣とは? 書籍『老いた親の様子に「アレ?」と思ったら』よりご紹介します。

※本稿は、工藤広伸著『老いた親の様子に「アレ?」と思ったら』(PHP研究所)を一部抜粋・編集したものです。

 

長年介護していても疲弊しないわけ

【くどひろ】Kさんは「くどひろさんには疲弊感がないし、むしろ明るさを感じます」と言ってくださいましたよね。ありがとうございます。

【K】くどひろさんは、ずっとニコニコ話されるので。失礼ながら12年以上も介護をしていたら、もっと疲弊感が漂うものなのかなと勝手に想像していました......。

【くどひろ】そう言ってもらえて、うれしいです。「明るい」と感じてもらえるのは、やはり「親の介護は自分のため」と思いながら介護しているからだと思います。

【K】やはり、その考えが大切なんですね。

【くどひろ】はい。それが、すべての基本ですね。

【K】でも、瞬間的に「親の介護は自分のため」と思えても、12年以上ずっとそう考えられるって簡単なことではないと思うんです。そんなに長く「自分のため」と思い続けられるのは、なにかコツがあるのでしょうか?

【くどひろ】そうですね......。難しい質問ですが、自分では「できるだけ身軽でいること」を意識してきたのが大きいと思っています。イメージしやすい言葉だと、ミニマリスト的な発想というんでしょうか。

【K】くどひろさんって、ミニマリストなんですか?

【くどひろ】いえいえ。わたしはたくさんのものを持っているので違います。あくまで、ミニマリスト「的」な発想が大切ということをお伝えしたいんです。

【K】ミニマリスト的......?

【くどひろ】ミニマリストって、ものをどんどん捨てて、ほとんど部屋にものがないという極端なイメージがあるかもしれませんが、その根底には「不要なものを持たずに、大切なものに集中する。そして身軽になる」という考え方があるように思うんです。

【K】身軽に......。

【くどひろ】その「身軽になる」が、わたしの考え方に似ていると思っているんです。イメージしてもらいやすいように、あらためてKさんに質問です。もし今、急に親の介護がはじまったとしたら、Kさんの今の生活はどうなりますか?

【K】もちろんバタバタするとは思いますが、介護は情報戦ということがわかったし、相談できる先輩が近くにいるし、介護の休みや包括についてもくどひろさんに教わったので、なんとかなるような気がしています。

【くどひろ】うれしいですね! でもKさん、今、仕事がとても忙しいんですよね? お子さんのこともありますよね? 住宅ローンも残っていますよね? そんな状態で親の介護がはじまったら、自分をちゃんと守れますか?

【K】えっ......。そう言われると急に自信が......。

【くどひろ】ちょっと言いすぎましたね(笑)。今のKさんは、たとえるなら、大きくて重たい荷物を何個も持って歩いているような状況なんです。

【K】大きくて重たい荷物を......。

【くどひろ】右手に持っている大きなバッグには「仕事」と書いてあります。左手の大きな紙袋には「子ども」と書いてあります。さらに背中にも、これまた大きなリュックを背負っていて「住宅ローン」と書いてあります。

【K】自分のことながら、クラクラしてきますね......。

【くどひろ】そこに、さらに追加して、「介護」と書かれた30キロのダンベルを、ある日、突然渡されて、「これを運んでください! 途中で降ろすことは許されません」と言われたとします。そうなったら、どうしますか?

【K】うう......。もう一歩も動けないかも......。

 

介護単独で考えても問題は解決しない

【くどひろ】介護を30キロのダンベルにたとえたのは、得体の知れない不安を背負うイメージをしてほしいからで、わざとネガティブなものにたとえました。ちなみに、今、Kさんが抱えている、最大のストレスってなんですか?

【K】そうですね......。やっぱり仕事ですかね。さっきの荷物のたとえ話だと、右手の大きなバッグに50キロのダンベルが入っていて、それを両手で引きずって歩いているような感じです。

【くどひろ】介護離職する前のわたしも、Kさんと同じような感じでした。休みの日も常に仕事のことばかり考えていて、人生の貴重な時間を無駄にして......。日曜の夜が憂鬱で憂鬱で仕方なかったですね。

【K】くどひろさんは、そんな状況だったのに、さらに30キロの介護のダンベルを持って歩くことになったわけですよね?

【くどひろ】そうですね。危うくつぶれるところでした。でも、わたしの場合は、抱えていた荷物の種類が変わったので、そうならずにすんだんです。

【K】荷物の種類が変わる?

【くどひろ】はい。介護離職して、仕事のダンベルがなくなって、一気に仕事のストレスが消えたんです。それで、なんとかなりました。

【K】でも、それって一時的にラクになっただけですよね? 根本的には、なにも解決していないような......。

【くどひろ】そうですね。仕事のダンベルの代わりに、今度は「収入」というダンベルを運ぶことになりました(笑)。でも、本当に重たかった仕事のストレスがなくなって、身軽になったんです。

【K】普通は、介護離職したら落ち込むところですが。30キロの介護のダンベルを渡されても、それ以上に重たかった仕事のダンベルがなくなったので、ストレスの総量としては減ったということですか?

【くどひろ】はい、激減しました。わたしにとっては、仕事がいちばんのストレスだったみたいです。なににストレスを感じるかは、人によってまったく違いますよね。

【K】人によって持っている荷物の種類が違うし、そのなかに入っているダンベルの重さも、その感じ方も、人それぞれなのか......。

【くどひろ】介護のストレスって介護単独で考えられがちですが、介護のなかだけで解決できるほど単純ではないんです。仕事や子育ての悩み、健康やお金の不安など、介護以外のストレスが複合的にからみあっているんです。

【K】たしかに、仕事が忙しくなると親のことなんて考える余裕はなくなるし、自分の体調が悪いときは親の話を聞くゆとりもないですもんね......。いろいろな荷物の負担が合わさってストレスになるわけなんですね。

【くどひろ】そうなんです。でも、多くの人は「親の介護のせいで、自分の人生がめちゃくちゃになった」と考えがちです。本当は、親の介護は、きっかけの1つにすぎないかもしれないのに......です。

【K】現状でも忙しいのに、老いた親に時間をとられるようになって、気持ちに余裕がなくなってきたら、イライラする場面が増えそうですね......。

【くどひろ】介護がはじまると、今、抱えているストレスは、確実に増幅されます。マイクロストレスなんて言いますが、残業や出張、上司や部下の言動、電車が混んでいるなど、今までそれほど気にならなかったことにまで急にストレスを感じるようになって、それが積み重なっていくんです。

【K】あっ、そうか! だから、親の介護がはじまる前に、ミニマリスト的な発想で、自分が抱えているストレスを少しでも減らして、身動きがとりやすくなるようにしておけってことですか!?

【くどひろ】その通り! 今までの話が伝わっていてよかった。

 

今、どんな荷物を抱えている?

【K】身軽になるために、くどひろさんは、どんなことをしているんですか?

【くどひろ】仕事量を調整したり、介護のプロに頼れるところは頼ったり、とにかく自分側のストレスを減らす工夫をしています。わたしの場合、重度の認知症の母に言うことを聞いてもらうのは至難の業で、母に対するストレスはどうしようもないので。

【K】なるほど。だから、くどひろさんは何度も「親の介護をきっかけに、今後の自分の人生や仕事についても考えてほしい」と言っているんですね。

【くどひろ】わかってもらえて、うれしいです。介護単独で考えると、どうしても行き詰まってしまうので、人生全体で考えることをおすすめします。今、自分が抱えている荷物をあらためて点検して、手放せるものは手放して、身軽になっておく。すると、介護だけでなく、人生に大きな変化が起こったときにも対応しやすくなります。

【K】でも、くどひろさん、身軽になる大切さはわかったんですが、現実的には、どうやって手放せばいいんですか? 仕事も子どものことも家のローンも、すぐに手放すのは難しいというか、現実的には無理なのですが......。

【くどひろ】たしかに、そうですよね。わたしみたいに仕事を辞めるという決断は、なかなかできないですよね。状況的に仕方なかったとはいえ。

【K】はい、無理です......。

【くどひろ】そんなときは、一度立ち止まって、まずは自分がどんな荷物を持っているかを確認するだけでも意味があります。今、自分がどんな荷物を抱えているのかさえわかっていない人も多いので。

【K】たしかに、さっきくどひろさんに指摘されてはじめて、自分がとんでもなくたくさんの荷物を抱えていることに気づきました......。

【くどひろ】いきなり手放すのは難しくても、自分の荷物を確認して「こんな重い荷物を抱えた状態で、もし親の介護がはじまったとしたら、自分を大切にできるか?」という視点で一度考えてみると、手放せるものが見えてきます。

【K】荷物を確認するだけで意味がありますか? 

【くどひろ】ありますよ。目の前の仕事や子どものことに必死になると、いちばん大切なはずの自分のことがおろそかになりがちです。なので、せめて荷物の確認をして、現実的に手放せそうなものにあたりをつけてみてください。

【K】わかりました。現実的なところからですね。

 

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