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医療のイロハも知らない長妻氏

山形浩生(評論家兼業サラリーマン)

2010年11月08日 公開 2022年08月17日 更新

医療のイロハも知らない長妻氏

問題視されたホメオパシー

 かつて訪れたアフリカ某国の厚生省にあたるところには、普通の医療を司る各種部署に加えて、伝統医療部というのがあった。伝統的な部族の呪術師たちを監督する部署だそうな。「なんだい、呪文の統一規格でもつくってるのか」とからかったら、彼らは憮然とした顔をして「俺たちだって呪術なんか効かないのは知ってるけど、でも医療が発達してないところでは気休めでも重要なんだ。そしてときどき、プラスチックを粉にして飲むとエイズが治るとか、有害な教えを連中が広めたりする。それを把握して指導しないといけないんだよ」と説明してくれた。ぼくは己の不明を恥じたのだった。

 さて、この夏には「ホメオパシー」というインチキ民間療法が問題視された。毒物の波動を転写した(といっても分子一つもないくらい薄めるだけ)水と砂糖玉で病気が治ると称する療法で、それを広めるために現代医学すら否定することも多い。むろん蓼食う虫もなんとやらだが、それがなんと医療関係者のあいだに蔓延し、まともな医療を奪われた患者が死亡するに至り、大きな問題となった。

 じつは、こうした医療関係者のあいだの怪しげな民間療法蔓延は、日本に限った話ではない。英米では一時、「セラピューティック・タッチ」なるものが医療関係者に蔓延して問題になった。患者の身体に手をかざすと、患部が感じられて治療もできてしまうという民間療法で、入院中にそれをしつこく奨められた9歳の女の子が、頭にきてその連中に検証実験を行ない、患部どころか机のなかの手の位置すら当てられないことを明らかにした論文を発表して話題になったりもした。

 むろんその気持ちはわからないでもない。医療関係者は、患者さんのためにできるかぎりのことをしたいという使命感を抱く人びとだ。そして人は、無力だと思うのはいやだ。実際にはクソの役にも立たなくても、患者に対し何か努力をしているのだ、と思えるのには安心感があるのだろう。そしてそれは患者(とその家族)も同じだ。チリの大作家イザベル・アジェンデは、不治の病で意識不明となった娘を前に、だんだんインチキ民間療法にからめとられていった。その痛々しい様子は、彼女の『パウラ』に(得意げに!)描かれている。心細い病人にとっては、気休めでも重要なのだ。

専門性のない大臣のお粗末

 だが有害な気休めは排除しなくてはならない。イギリスにはロイヤル・ホメオパシー病院なるものがあって、日本のホメオパシー業者の拠り所になっていた。イギリスではちゃんと認知された療法だ、というわけだ。だがじつはこの病院、日本での騒動の直前になくなっている。長年にわたり何一つ実績が出せずに予算縮小されつづけ、他の民間療法といっしょくたの「統合医療病院」となり、それも近いうちにお取りつぶしだろうといわれる。よいことです。患者の気休めになるとはいえ、こういうものに対する公的なお墨付きはなくす方向なのだ。

 ところが日本では、鳩山前首相がそんなものを真面目に採り上げるといいだした。そして実害が出て、各方面から批判が出てきたが、一方で長妻前厚生労働大臣の指示で、同省の研究班ががんの補完代替医療の事例収集を行なうとのこと。「補完代替医療」についてはすでに多くの研究で有効性が否定されているはずだが、まともなかたちで検証するのであれば止めはしない。

 だが一方では、「頭がよくなるパン」という明らかなジョーク商品に対して、効果が検証されていないからと保健所から指導が入ったとか。そっちも検証したらどうです?

 むろん、ほんとうは鳩山前首相が思いつきでくだらないことを口走ったのがアホだ。そしてもし政治主導をいうなら、厚労大臣は医療のイロハくらいは理解していて、鳩山ルーピー発言は黙殺するか明確に否定すべきだ。ところがいまは、何の専門性もない者が党内派閥のご褒美として、中身を何も知らない役所の大臣になってしまうからこんなぶざまなことになる。

 従来の官僚主導ならそれでもいい。実務は官僚に任せて、大臣はたんなる飾り首、不祥事があったときに頭を下げて首を切られるだけ。でも、政治主導をいうならまず政治家のほうが変わるべきだったんだが……相変わらずの様子。そして菅首相続投で、それがなおさらひどくなっている。

 そして気がついてみると、ぼくたちはもはや、アフリカの伝統医療部を笑えなくなっているのだった。彼らは少なくとも、呪術師たちが気休めでしかないことを知ったうえで害を、最小化するというはっきりした使命をもっていた。でも日本では、気休めでしかないことさえきっぱり断言できないという惨状。今度行ったとき、彼らになんと説明したもんか。冗談のネタにしてすみませんでした。

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