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第20回「山本七平賞」 奨励賞に『謎解き「張作霖爆殺事件」』

2011年12月16日 公開

第20回 「山本七平賞」の選考会は、先般、東京「紀尾井町福田家」にて開催されました。
選考会には、加藤寛、中西輝政、山折哲雄、養老孟司、渡部昇一の5名の選考委員が出席し、慎重なる討議の結果、PHP新書 『謎解き「張作霖爆殺事件」』 (著者:加藤康男[ノンフィクション作家]) が奨励賞受賞と決定いたしました。
  山本七平賞とは

【 「山本七平賞」選評 】

“世紀の謎解き”が示されている

 渡部昇一 (上智大学名誉教授)

「日本の戦後教育は張作霖爆殺事件に始まる」といったら奇矯(ききょう)に聞こえるだろうか。
 日本の戦後教育は東京裁判から始まったといってもよいであろう。いわゆる東京裁判史観は、戦前の日本を邪悪な侵略国とし、日本の子供にも - もちろん大人にも - 日本人であったこと、日本人であることに罪悪感を植えつける根源となったのである。そして、その東京裁判は昭和三年、つまり張作霖の殺害から始まるのだ。
 戦後の日教組の教育の根幹は、この史観によって組み立てられており、それは今日まで続いている。そして現代の政権与党の幹事長は、そのドンである。いわゆる昭和史家は、たいてい張作霖が日本の軍人によって爆殺されたという立場に立っている。だから『マオ』(ユン・チアン著/講談社)という本が邦訳されたときの昭和史家たちの反応は、敏感そのものだった。日本軍人による張作霖爆殺説を否定したからである。そのことに言及した田母神元空幕長に対する反応は激甚であり、滑稽ですらあった。
 今回の加藤氏の著作は、イギリスや東欧・ソ連圏におよぶ広範な史料をも利用し、日本軍は張作霖を殺していないことを、疑念を容れる余地なく示したものである。掲げられた写真をみるだけでも明らかだ。
 

 それでは誰が殺したのか。それには世紀の謎解きが示されている。その謎解きの結果を知りたい方は本書をどうぞ。 


 

みごとな実証で事件をあばいた

 加藤寛(千葉商科大学名誉学長)

 本年度の山本七平賞の選考が行なわれ、奨励賞として加藤康雄氏の『謎解き「張作霖爆殺事件」』が選ばれた。
 今回の選考は難航を極めた。当面は鹿島茂氏の『渋沢栄一』が圧倒的優位で受賞確実と思われていたが、選考を重ねるうち異論が輩出してきた。第一に著者が評論界ですでに定着した人物であり、今後デビューする若手の人ではないこと。第二に企業の成功人としてのⅠ巻(算盤篇)と企業倫理を主張するⅡ巻(論語篇)とに分けて、渋沢栄一の現代的意義を明確に示しているが、その点からみて福澤諭吉との対比が論じられていないことが物足りなかった。
 その選考のなかで、渡部昇一氏と中西輝政氏の圧倒的な推薦により、『謎解き「張作霖爆殺事件」』が次第に優勢になってきた。しかし、この本の主題となる張作霖自身が封印されていた戦時中の裏情報となっていたが故に、「張作霖爆殺事件」が他の審査委員にそれほどの大きな意味をもっていなかった。絶賛に値するものかどうかの戸惑いがあったことは否めない。
 聡明な張作霖は、東三省(満州)における日本の地位をよく理解し、満州を地盤とするかぎり排日政策をとることはできないと考えた。そのため彼は、日本の傀儡とみられた。しかし日本にとって、彼は傀儡とみられるような男ではなく、「打算的な親日論者」にほかならなかった。

 それ以上に彼の爆殺事件をみごとな実証であばいた点で高く評価され、山本七平奨励賞となった。


 

昭和史研究に投じられた大きな一石

 中西輝政(京都大学教授)

 国が、丸ごと歎される、というようなことがあるのか。世界の歴史に照らせば、よくあるのである。
 昭和3(1928)年に起こった「張作霖爆殺事件」は、事件発生当時から、日本政府の中枢では「日本軍の仕業だ」という情報が、それこそゴマンと飛び交い、戦後の東京裁判でも「日本の大陸侵略の始まり」と判定され、以来多くの日本人はそう信じきってきた。それゆえ今日、じつはそこには多くの謎が残されていて再検討の余地がある、と聞くと、逆に首を傾げる人が多いのもわからなくはない。
 しかしじつは、事件当時から国際的には多くの疑問が指摘されていたし、東京裁判の場でも完全な解明は見送られていた。
 少し考えてみれば、「南京大虐殺」と称されてきた事件や「ノモンハン事件」なども、ごく近年まで多くの日本人が完全に歎されてきたわけで、「従軍慰安婦」をめぐる歴史の嘘に人びとが気がついてきたのも、ここ十年ほどのことだ。
 歴史というものは、そう簡単に「確定している」としてはいけないのである。とくに各国が総力を挙げて「歴史の壮大なウソ」を捏造しつづけてきた現代史の分野はそうである。
 元来、「謎解き」こそ歴史家の本来の仕事なのだが、日本の現代史家はなぜか安易に歴史を「確定」したものとして、その「意味づけ」ばかりに集中してきた。つまり、歴史本来の実証を疎かにしてきたのである。本書は、まさにその歴史本来の仕事に取り組み、もう一度白紙から実証を試みる。また日本の昭和史家たちが一貫して度外視してきた外国の有力史料を精力的に渉猟して広汎な国際的視点から、より完璧な実証を試みている。そもそも戦争や外交にかかわる歴史なのだから「相手のあること」であり、関係国の史料が重視されるべきは当然のことなのに、日本の史料だけを偏重する昭和史家の怠慢が放置されてきた。

 本書はこの点でも昭和史研究に大きな一石を投じるものであり、新しい研究の動向として十分奨励に値するものといえる。


 

 定説を疑うに足るだけの状況証拠

  山折哲雄(宗教学者)

  張作霖が爆殺されたのは昭和3年、現場は奉天駅近くの鉄路だった。下手人が関東軍参謀河本大作らとされ、それが導火線となって、昭和6年に「満州事変」が勃発、日中戦争へとなだれ込んでいく。
 当事、中国大陸は国民党軍と共産党軍が戦う内戦の時期で、張作霖は中国軍閥の一方の雄として成長し、満州全域を支配下に置くようになっていた。関東軍は、その張を操って満州進出を策動するが、政府は不拡大方針をとっていた。爆殺事件が、その間隙を縫うようにして発生している。
 これまで事件の全容は、関東軍首脳の関与が指摘され、とりわけ河本参謀の主導に基づいて実行されたといわれてきたが、その定説に疑義を提出し、新資料を繰り出して隠された謎の解明を試みようとしたのが本書である。
 爆殺現場の検証を通して河本犯行説の矛盾を突き、クレムリンの極秘ファイルなどの新証拠を使って、コミンテルンが関与していた背景を描き出そうとしている。ただ、著者もいうとおり、決定的な一次資料を提示するまでには至っていない。だが、関東軍参謀河本による単独謀略説を疑うに足るだけの状況証拠はそろっているといっていい。「ソ連」による謀略の可能性の高いことを示唆しているのである。

 私はふと、あの真珠湾攻撃を、時の米国大統領ルーズベルトが知っていて、そのときのくるのを待っていたという説があったことを思い出した。やはり謎は謎として、そのまま残しておいたほうがよいのかもしれない。 


 

人間社会の普遍性の追求があるか

   養老猛司(東京大学名誉教授)

 張作霖の爆殺事件の背景が、ここまで複雑なものだと知らなかったから、作品自体はたいへん興味深く読ませていただいた。奨励賞となったのは、他の候補作との関連もあり、主題が限定されている点もあったと思う。
 近年感じることだが、いわゆる情報化社会となり、資料も豊富かつ比較的容易に手に入るようになったためか、歴史やノンフィクションに大きな作品が多くなった。執筆自体も編集作業も、パソコンが普及してずいぶん楽になったはずである。かつては日本語にタイプライターがなかったことが、執筆量を制限していたことは間違いないと思う。
 逆にいえば、作品の評価に従来とは少し違う基準が必要になったのかもしれない。そう感じるようになった。それが何かを、これから考えていきたい。今回の選考では、むしろそんなことを考えていた。

 今回のように、歴史上の事件を見直す作品であれば、新事実の発掘、それによる解釈の変更、さらには現代との関連性など、いくつかの面を総合して、作品の評価がなされてきた。それで当然なのだが、自然科学でも歴史でも、事実の詳細を追えば際限がない、という問題がある。1つの事件を追っているようでありながら、それが人間社会の普遍性の追究になっているという、いわばスケールの大きさが望まれる。それがとりあえずの私の思いである。

 

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