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昔より若々しい「GS世代」の攻略を

西村晃(経済評論家)

2010年12月27日 公開 2022年12月21日 更新

西村晃

「懐かしさ」が新商品に

 2007年の開業以来、多くの来館者で賑わう埼玉県さいたま市の鉄道博物館。テレビ・ニュースなどで採り上げられるのは日曜日やゴールデンウィークが多く、小さな子供が喜ぶ場所と一般には思われがちだ。しかし平日に行ってみれば、意外にも中高年の入場者が多いことに気がつく。“集団就職列車”の発着に使われていた上野駅のホームが再現されていたり、鉄道全盛期の特急列車の実物が展示されており、子供たちよりも中高年のほうが懐かしく、嬉しくなって当然だ。

 もう一つ、いま人気商品に「同窓会」がある。同窓会をテーマにしたテレビドラマもつくられたが、法人需要減少のなかで、ホテルは同窓会プランに力を入れている。いちばんのターゲットは、やはり定年退職世代。恩師のパーティー参加費無料、記念日の新聞発行、BGMは懐かしのヒットソング、集合写真無料、花束無料など、さまざまなアイデアを商品化している。

 とくに男性は、現役時代には、勤めている会社や自分の役職、年収などを気にするあまり、同窓会には行きたがらないという人もいるようだ。しかし、定年後ともなれば、そうした名刺の重みからも解放され、昔の学生時代と同じ自由な気分に戻れる。

 消費が低迷するなかで、こうした「懐かしさ」をテーマとする商品が人気を集めている。ただし商品といっても、メーカーの製造品としてカタチがあるものではない。そもそも中高年世代、とくに定年退職世代は、耐久消費財や衣料品をいまさら大量に買い込む世代ではない。彼らがほしがるものは、“楽しい時間”という、いわばカタチのない商品である。

いまの60代は若い?

 他方、現役世代の家計はいまや火の車、若い世代には非正規雇用者も多く、結婚もままならない。以前なら収入も上がり、余裕の世代と思われていた40代以降のサラリーマンにしても、収入の伸びが期待できない時代。むしろ定年まで安定した生活が送れるか、不安の日々を送っている。唯一、消費が期待できる層を探すとなると、結局、そうした現役世代の“外”に行きあたることになるのだ。

 総務省の家計調査によれば、勤労者の平均消費性向は60歳未満ではどの世代も、ほとんど伸びていない。しかし、60歳以上の世帯に限れば、02年以降は上昇傾向にあり、07年に一時低下したものの、08年は再び上昇している。

 実際、戦後のベビーブーム世代を中心とするいまの60代はまだまだ活動的で、働いている人も少なくない。ただその働き方のスタイルは、彼らが現役だったころとは、やはり違う。60歳定年で一度退職金をもらい、それまで勤めていた会社に再雇用されたり、別の会社に再就職しているケースが多い。出世レースに明け暮れた現役時代とは違い、自分の健康と相談しながら、マイペースで働いているのだ。

 私は、こうした世代をGS(ゴールデン・シィクスティーズ)と呼んでいる。若いころ親しんだグループ・サウンズ(GS)を懐メロと感じる世代だ。

 ちなみに、堺正章(1946年生まれ)、井上順と岸部一徳(47年生まれ)、沢田研二(48年生まれ)、萩原健一(50年生まれ)らがほぼこの世代に入るが、彼らをテレビで観ても、年寄りなどとはまず思わない。この傾向は女性でいっそう顕著である。吉永小百合と阿木燿子(45年生まれ)、森山良子(48年生まれ)、高橋真梨子(49年生まれ)……。彼女たちを年寄りなどといったら、それこそファンから叱られてしまうだろう。

 これは女優や歌手といった職業の人たちだけの傾向ではない。現在の60代は、いまの70代が60代だったときと比べても、はるかに若いと感じる。戦前・戦中世代と戦後のベビーブーム世代とでは、ライフスタイルが大きく異なるが、それが影響していよう。

 いかにこの「GS世代」に訴える商品を世に出すか──消費復活のカギはここにある。

中高年が喜ぶ旅行パック

「それではお一人ずつ自己紹介をお願いします」

 横浜駅前から乗車した私は、指定された席に座っている。今日も50代の私が最年少のようだ。バスは満席、男性3割、女性が7割。さて目的地は?

 しかし今回のツアーの参加者にとって、目的地を訪ねることにどれほどの意味があるのか、と思う。「上総七福神めぐり」というが、寺の名前も初めて聞いたところばかり。どうしてもここに行きたいと思い立つ人がどれだけいるか疑問だ。ほんとうに“ご利益”などあるのだろうか……。

 今回のツアーは、クラブツーリズム(株)の人気商品で、ひとり旅限定の「ララの旅」という。中高年になっても、一人で旅に出たいという人は意外に多い。この旅行パックがとくに喜ばれるのが、じつは正月。初日の出に、初詣もこなし、おせち料理なども付いて一人部屋が確保される、2泊ないしは3泊のツアーである。これまで一人暮らしで正月を迎え、意気消沈していた年配者には、まさにうってつけの企画だろう。

 これまで中高年向けの旅行商品は、ほとんど夫婦や友人など、二人以上を前提につくられてきた。たしかに、旅先でいつも自分一人では、寂しいことこのうえないと思われる。ところが、平均年齢推定60代、一人旅限定の「ララの旅」に参加すると、そうした先入観は見事に覆される。簡単な自己紹介を終えると、たちまち打ち解けた雰囲気になって、会話が弾み出す。七福神めぐりを終えたころには、もう車内は和気あいあい、みんなでお菓子を交換し合っている。

 ここで仲よくなった人が次回から一緒に申し込むことによって、ひとり旅が二人、あるいはそれ以上のグループ旅行へと発展していけば、なによりクラブツーリズムに“ご利益”があった、ということになる。

 なお、随行しているガイドはバスを降りる際、トイレの場所を懇切丁寧に説明していた。「足の悪い方は靴を脱いでのお堂参観もけっこうですよ」と親切だ。集合時刻はめくり式ボードを掲げて、確認する。このあたりが中高年ツアーのノウハウなのだろう。

 格安のネット系旅行代理店の台頭で逆風が吹く旅行代理店ビジネス。しかし、クラブツーリズムは「GS世代」を対象にして、新聞広告や会員情報誌を通じて新規の個人客を開拓してきた。同社では「ララの旅」のような一人旅限定のツアーだけでなく、「カメラ同好会」「鉄道大好き倶楽部」といったツアーを企画して同好の友を集め、リピーター客の誘引に成功している。会社名にあるように、この旅行会社は自社の事業を旅行業の仲介業者ではなく、「クラブ」の仲間への「楽しさ提供産業」と位置づけたことが、GS世代の熱い支持をとりつけたのだ。

ランドセル販売の相乗効果

 1970年代、地方から就職のため大挙して大都市圏に出てきたのが、いわゆる「団塊の世代」であった。彼らが住宅を求めて住みついたのが、首都圏でいえば国道16号が通るあたりで、都心から30!)から40!)圏の新興住宅街であった。また、このあたりの住宅街で育った子供たちが「団塊ジュニア」ということになるが、この世代がいま一斉に結婚、子育て、そして住宅取得時期を迎えている。

 注目すべきは、「団塊の世代」の実家は地方のケースが多いが、「団塊ジュニア」の場合、親の実家は地方ではなく、国道16号エリア沿いが多いということだ。言い換えれば、いまでは首都圏でも、地方と同じような祖父母、若い両親、孫という「3世代近接居住」が実現しはじめている。

 こうした「3世代近接居住」における必需品は、「ワンボックスカー」である。つまり、若い両親と子供だけでなく近くに住むおじいちゃん、おばあちゃん(これが「GS世代」にあたる)が乗ることも想定して、7人、8人乗りの3列シートのクルマが、いまやファミリーカーの代名詞になっているのだ。「GS世代」と若夫婦それぞれの住居は近いから、互いに頻繁に行き来しやすい。そして3世代揃ってショッピングセンターなどへと出かけると、孫の衣服や玩具、学用品などの購入から、食事代、場合によってはガソリン代まで「GS世代」がスポンサーとなる。

「いいよ、いいよ、おじいちゃんたちが出すからさ。その代わりまたしょっちゅうおいでよね」

 そう言われて、嫌だという若夫婦もいないだろう。そうした「GS世代」の財布をターゲットにし、成功させた代表的なビジネスが、(株)スタジオアリスの展開する子供専門写真館である。この写真館には500着もの貸衣装が用意してあり、ヘアメイクも含めて無料で利用できる。

 一般に写真館を経営しようという人は、写真のプロだ。しかし、同社では撮影スタッフに若い女性を起用している。彼女たちは採用されるまでは、必ずしもプロのカメラマンではない。むしろ、保育士の資格をもっていたりすることのほうが優先される。子供たちと仲良くなることこそ、ベストショットの条件だからだ。顧客目線のビジネス感覚がこの商売を成功させたと思う。

 スタジオアリスは七五三を中心に顧客を集めているが、あるときはパイロット、あるときは紋付き袴に、お姫様に……そんな孫の晴れ姿を目を細めて眺め、レジで支払いする人は両親ではなく、圧倒的に祖父母だという。

 孫の七五三の次の楽しみは、小学校入学である。いま日本でランドセルを最もたくさん販売しているのは、イオン(株)を中核とするイオングループだという。全国のイオンでは、ランドセルを24色も扱っている。昔はランドセルの色は黒と赤しかなかったが、24色がズラリ展示されると、お花畑のようにカラフルだ。

 そのランドセルを、イオンでは秋の11月ごろには早くもエスカレーターの周囲などに展示しはじめる。現実にランドセルが売れるのは、年が明けて2月くらいだが、あえて秋ごろからをチラ見せておくことに意味があるという。クリスマスから正月にかけて、3世代でショッピングセンターを訪れる機会が多いから、早めに展示でアピールし、ランドセルを買うならあのカラフルな売り場で、と認知させておくことが大切なのだと店長から聞いた。

 ランドセルは一人の子供につき一回だけしか買わない商品、価格帯から考えて祖父母がプレゼントする可能性が高い商品だ。だから3世代での買い物のときに早くから下見をしてもらい、気に入った色を祖父母に伝えておいてもらう必要がある、というわけだ。

 3世代でランドセルを買い求めた日、それは「ハレの気分」の日に違いない。その日は、ついでに学用品を買う気になるかもしれないし、みんなで食べるお昼ご飯も、いつもより豪華になるかもしれない。スポンサーのおじいちゃん、おばあちゃんが一緒なのだから──。ランドセル一つの販売に、ワンボックスカーに乗った「3世代」取り込みの戦略が込められている。

 最後に、高齢社会はそうとう前から予想されていたわりには、「GS世代」をターゲットにするマーケティングは、これまであまり掘り下げられていなかったと思う。たしかに、この世代は資産がありながらも、一方で消費に貪欲ではなく、需要喚起は難しい。デフレ経済でモノが安くなったからと、たくさん買い込む世代でもなかろう。

 しかし、これまでみてきたとおり、“楽しい時間”“三世代”など、「GS世代」を攻略する切り口がないわけではない。提案力が勝負を分けることを、あらためて肝に銘じるべきであろう。

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