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今さら他人に聞けない「アメリカの黒人」の歴史

2020年09月29日 公開

上杉忍(横浜市立大学名誉教授)

 

黒人をアメリカ社会の底辺に押し込めるための法律

1865年の奴隷制廃止を定めた憲法修正第13条は、「奴隷及び本人の意に反する労役は、犯罪に対する刑罰として当事者が正当に有罪の宣告を受けた場合」以外は認めないとしたが、言いかえれば、「正当に有罪の宣告を受けた者」に対する「意に反する労役」の強制は許されていたのである。

南北戦争(1861〜65年)後の南部では、裁判の陪審員を白人が独占し、放浪罪など軽微な犯罪で裁判所に送られてきた黒人に、次々と有罪判決を下して彼らを刑務所に送り込み、炭鉱等での長期の危険な囚人労働を課した。多くの囚人が苛酷な懲罰と労働で亡くなった。

南北戦争後の南部の鉱山業、林業、鉄道建設、道路建設労働者の多くは黒人囚人だった。黒人たちは、目を付けられて囚人キャンプに送られることを恐れ、白人に対して「従順さを示す仕草・振舞い」(人種エチケット)を身につけねばならなかった。

カリブ海域では、奴隷解放以後、奴隷の自営農民化が進み、プランテーションの解体が進んだが、アメリカ南部では、プランテーションは、刈り分け小作制度という一種の債務奴隷制度によって維持された。

大半の黒人は自分の土地で自立した農業経営ができず、地主・商人の高利貸しに縛られ、債務返済のために小作地を耕作し続けなければならなかった。工業などの他の雇用機会が厳しく抑制されていたために、彼らは、容易にはプランテーション地域から脱出できなかった。

黒人をこの社会の底辺に押し込めるための法律が、南部諸州で制定され、黒人は、アメリカの市民としての権利をほぼ完全に奪われた。

異人種間の結婚禁止、学校や公共施設・公共交通などの人種隔離法(ジム・クロウ法)や、参政権、陪審権の剝奪立法などの法律の網の目が20世紀初頭までに全南部に広がり、北部においても居住区などの人種隔離が進んだ。

1930年代から続いた「長い公民権運動」は多くの犠牲者を出しながら、ついに1964年、公民権法を実現した。南部諸州の「ジム・クロウ法」は無効となり、連邦政府には、全てのアメリカ市民の権利を保護する権限と義務があることが確認された。まもなく黒人の参政権も回復され、南部でも多くの黒人が公職に選ばれ、政治に大きな変化が生じた。

しかし、この公民権法は、人種差別を容認してきた白人の罪の意識に訴えて実現したものでもあり、また、冷戦下で、黒人差別が、第三世界諸国を反米親ソに向かわせる危険性を政府が考慮せざるをえなかった結果、成立した法律でもあった。

そのため、公民権法を支持した白人大衆の多くは、法的平等を約束したこの法律の成立をもって「目的は達せられた」と考えた。彼らは黒人に対するこれ以上の経済的・社会的差別解消は、自らの特権を覆す可能性があると不安に感じ、これ以上進むことに抵抗したのである。

事実上の黒人差別はなお続き、グローバリゼーションに伴う「産業の空洞化」などによって格差が拡大し、1970年代以後、事態はむしろ悪化した。

大半の黒人は黒人居住区で生活せねばならず、学校の人種隔離はむしろ進み、2004年には政府は、1950年代の状況に戻ってしまったと報告している。黒人地域と白人地域の公教育予算の格差は大きく、格差緩和を目的として一時、連邦予算が投ぜられたものの、まもなく「小さな政府」政策によって補助金は大幅に削減された。

当初は、連邦政府の福祉政策の拡大によって、貧困には改善の兆しが見えたが、それもまもなく、ベトナム戦争とその後の戦費拡大によって停滞し、「自己責任」が強調されるようになった。

今日でも、貧困、失業、低学歴、疾病、犯罪、家庭崩壊、劣悪な住環境など、黒人の生活全面にわたる貧しさと、白人とのその格差は明白である。

  いわゆる「積極的差別是正」政策によって一部の黒人が地位を向上させたが、まもなくそれも抑制され、全体として黒人は社会の最底辺に沈殿し続けていると言っていい。

多くの黒人が集住している都市中心部の黒人地区では、特に1980年代以後、麻薬ギャングの支配が広がり、麻薬に対する警察の取り締まり強化によって、この地域は事実上、白人警官の「占領地域」となった。

「外見によって取り調べ対象とされる人種捜査(Racial Profiling)」や、黒人が主に使用するクラック(固形コカイン)所持の刑期を極端に長くする法律などにより、麻薬犯罪で収監される黒人やヒスパニックが激増した。

1990年代以後、暴力犯罪は減少したのに、刑務所人口は、1970年以後2020年までに7倍以上、230万人に達し、黒人はその40パーセントを占めている(黒人の全人口に占める比率は、13パーセント)。

20代の黒人男性の10人に1人が刑務所に収監されており、黒人男性の3人に1人は、生涯に一度は収監されると計算されている。人類史上、これほど高い比率で住民が刑務所に収監されている社会は他にない。

1980年代のレーガン政権以来、軍備以外の連邦予算を削減する「小さな政府」政策が続いている中で、警察・裁判所・刑務所関連予算は増加し続けている。警察官・刑務所職員、武器・装備の拡充は言うまでもなく、刑務所建設・運営経費は膨張し続け、多くの雇用を生み出し、関連企業を潤している。

囚人労働による利潤は莫大で、刑務所の民営化も進められ、刑務所関連企業は、高い配当を保障する投資先となっている。

警察・裁判所・刑務所とこれに依存している産業の利権集団は、政治的・経済的複合体(「産獄複合体」)を形成し、彼らの政治的影響力は巨大である。彼らにとっては、囚人は莫大な利潤の源泉なのである。

そのために、最も効率よく麻薬保持者を特定・捕捉できる「外見によって取調べ対象とされる人種捜査」が、横行している。多くの黒人は、警察官にいつでも拘束され、殺害されるかもしれない恐怖の下で生活している。まさに「黒人の命が問われている」のだ。

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