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渋沢栄一が今、選ばれる理由…格差が広がる「分断の時代」への処方箋



2021年02月20日 公開

江上剛(作家)

 

明治の経済人を見て抱いた危機感とは

渋沢は、西欧社会に刺激を受け、日本社会の改革を目指した。しかし目指したのは西欧の単純な模倣ではなく、「日本型資本主義」というべき姿だった。

渋沢の著作に『論語と算盤』がある。論語は、中国の聖人孔子が残した言葉を弟子たちがまとめたものである。それは儒学となり、そこから朱子学も派生して、徳川幕府の支配思想となった。

徳川幕府が倒れ、明治になると朱子学は廃れ、何もかもが西欧風に変わっていった。渋沢は明治政府に仕えながらも、こうした時代風潮に違和感を覚えていたのだろう。

渋沢は、最後の幕臣である。論語が思想のベースにある。そんな渋沢から見ると、我先に利益追求(単なる金儲け)に狂奔する多くの明治の経済人たちは、欲望の塊で礼節を失ったかのように見えたのだろう。

このままでは国家が品格を失うと危機感を覚えた渋沢は、西欧の模倣ではなく、論語をベースにした日本型資本主義を目指したのである。『論語と算盤』を参考に、渋沢が目指したものを考えてみよう。

渋沢は本書の冒頭で、「富を成す根源は何かといえば、仁義道徳。正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができぬ」と説き、論語(道徳)と算盤(経営)との一致を試みるのである。

古来、商売で利益を上げることが卑しめられたために、反対に商売では道徳が不要という風潮になったと、渋沢は言う。

実業家のほとんどすべてが「利己主義たらしめ、その念頭に仁義もなければ道徳もなく、甚だしきに至っては、法網を潜られるだけ潜っても、金儲けをしたいの一方にさせてしまった」と嘆き、

「実業家が我勝ちに私利私欲を計るに汲々として、世間はどうなろうと、自分さえ利益すれば構わぬと言っておれば、社会はますます不健全となり、嫌悪すべき危険思想は、徐々に蔓延するに相違ない」と、警鐘を鳴らす。

そのため「極力仁義道徳によって利用厚生の道を進めて行くという方針を取り、義利合一の信念を確立するように勉めなくてはならぬ」と説く。

この「義利合一」こそ孔子の、すなわち論語と、算盤を一致させる精神なのである。「仁義」とは解釈は多様であるが、孔子の目指す最高の道徳である。

しかし、渋沢が言う仁義とは、「利他」ということではないか。

すなわち渋沢は「事業上の見解としては、一個人に利益ある仕事よりも、多数社会を益していくのでなければならぬ」と言い、「多く社会を益することでなくては、正経な事業とは言わない」と断言している。

事業は、まさに他者(社会)を豊かにする利他的なものでなくてはならないと言っているのだ。

 

「武士道」と「実業道」

この「義利合一」の思想は、日本では古より源流としてあった。

江戸中期(18世紀)に石門心学を創始し、多くの商人たちに商人道を教えた石田梅岩は、その著書『都鄙問答』の中で、「商人は直に利を取るに由て立つ」(商人の商売は正しい方法で利益を上げることで成立している)と言い、

「小家を治るに仁、國天下を治るも仁、仁に二品の替あらんや。商人の仁愛も、間に合ばこそ」(小さな家を治めるのも仁、天下国家を治めるのも仁、仁に変わりはない。商人の仁愛も他の人々のお役に立ってこそ評価される)と説いた。

梅岩の思想は、商売というのは道徳と利益を一致させ、利己的ではなく、利他の精神で行わねばならないというもので、渋沢と全く同じなのだ。

渋沢も梅岩も、目指したのは、商人道を武士道と同等の高みにまで引き上げることだった。

武士道とは自分を捨て、主に仕える道である。すなわち利他の精神そのものだ。

梅岩は「俸禄を受けずして仕る者有べきや」(武士で俸禄を受けずに仕える者はいるだろうか)と問いかけ、商人の得る利益は武士の俸禄と同じであり、商人が社会(天下国家)のために働いたのであれば堂々と利益を受け取ってよいのだと説いた。

武士と商人は、社会において同等であり、士農工商という、いわれなき差別を受ける必要はないという梅岩の思想は、商人たちをどれだけ勇気づけたことだろうか。商人が利他の精神で仕事をするなら、武士と同じなのだ。

渋沢も梅岩と同じ考えで、「武士道はすなわち実業道なり」と言った。

二人の生きた時代背景は違う。しかし共通しているのは、商人(実業家)に利他の精神が乏しい者が多かったことだ。

商人(実業家)が利己的に利益を追求するばかりで社会(天下国家)の利益を考えないならば、いつまでたっても商人(実業家)は尊敬されることはなく、社会(天下国家)も安定しないとの危機感を、二人は抱いていたのだ。

二人の危機感は、日本や世界にとって遠い昔のことであろうか。

私から見れば、梅岩と渋沢の危機感は、きわめて今日的であり、むしろ今日の方が危機感が強いと言うべきである。

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