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渋沢栄一が今、選ばれる理由…格差が広がる「分断の時代」への処方箋



2021年02月20日 公開

江上剛(作家)

 

コロナで広がる格差を失くすために

今日、新自由主義的な株主最優先経営で、世界中の実業家は自己の利益の極大化を図っている。そうすることで世界中が豊かになっていくと考えていたからではあるが、実際はそうではなかった。

勝者総取りとなり、ひと握りの実業家の富だけが異常に膨らみ、格差が極大化してしまった。

アメリカでは、1%の実業家が国富の99%を所有していると言われ、怨嗟の的になっている。これは日本や欧州その他、世界中の国々でも大差はない。格差の拡大は、もはや看過できないまでに拡大してしまった。

特に昨年からは、新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、世界中で移動が制限され、ビジネスが中断を余儀なくされた。

この新型コロナウイルスは、弱者をより強く攻撃する性質を持っているのだろう。ビジネスが中断され、世界中がコロナ不況となっているにもかかわらず、GAFAなど一部の企業のみ株価は上昇し業績好調である。その結果、富裕層はより富裕になり、貧困層はより貧困となった。

格差は一層、拡大し、世界は持てる者と持たざる者とに「分断」され、もはや私たちの社会は壊れてしまったと言っても言い過ぎではないだろう。

コロナウイルス感染症で最多の死者を出しているアメリカでは、黒人やヒスパニックらの社会的弱者、格差社会の底辺で暮らす人々の死者が多いと聞く。彼らは満足な医療を受けられないからだ。

日本では企業業績悪化により解雇されるのは、非正規労働者である。特に女性労働者の失業者が増えた。収入の道を断たれた人々は、希望を失い、自殺者が急増している。中でも女性の自殺者の増加が目立つ。

世界の各地で紛争やテロが増加している。この最大の原因は格差だ。攻撃の対象は、富裕層に向かっている。このままではいけない、なんとかしなくてはいけないと危機感を抱いた実業家たちは、最近、新自由主義的株主最優先経営から転換を図ろうとしている。

ステークホルダー資本主義と言われる思想だ。地域社会や従業員など全ての利害関係者(ステークホルダー)に配慮するというものだ。

日経新聞(2020年12月10日付)に、アメリカのM&A専門弁護士マーティン・リプトン氏のインタビューが掲載されている。氏は、「あらゆるステークホルダーの利益に配慮した経営が資本主義を守る、との認識が広がっている」と言う。コロナ禍での短期的な利益追求が格差や社会不安を生んだためだ。

NHKで放送された番組で、フランスの思想家ジャック・アタリ氏は、「パンデミックという深刻な危機に直面した今こそ、『他者のために生きる』という人間の本質に立ち返らねばならない。

協力は競争よりも価値があり、人類は一つであることを理解すべき。利他主義という思想への転換こそが、人類のサバイバルの鍵」と発言した。

ここで私たちがしっかりと確認しなければならないのは、リプトン氏のステークホルダー資本主義もアタリ氏の利他主義も、渋沢が百年前に唱えていたものではないか、梅岩が200年前に唱えていたものではないか、ということだ。

本論の表題は、「なぜ今、渋沢栄一なのか」である。その表題に立ち返ってみれば、格差拡大、社会不安増大の「分断」の時代になり、渋沢の利他の精神による「義利合一」の思想、すなわち「論語」と「算盤」を一致させる実業道が見直されるべきだからなのだ。

私たち日本人は、すぐに欧米人の考えに飛びつく悪い癖がある。

格差を生んだ新自由主義的株主最優先経営もそうである。それに行き詰まると、今度もまた欧米の識者、経営者頼みでステークホルダー資本主義だの利他主義だのと、ありがたく拝聴する。

なにもナショナリズム的になっているわけではないが、もう少し日本の思想家、経営者の考えに立ち返ってはどうなのか。

石田梅岩しかり、渋沢栄一しかり、である。彼らはずっと以前から、利他主義経営こそ社会を安定させることであり、自己の利益追求ばかりに狂奔する商人、実業家を諫めてきたのだ。

第一勧銀(現みずほ銀行)の頭取、会長を歴任し、不幸にも、第一勧銀総会屋事件の責任をとって自ら命を断った宮崎邦次という人物がいる。

私は広報部次長として宮崎氏に仕えたが、氏は私に「経営というのは従業員が第一で、続いて取引先などであり、株主は最後だよ。従業員の幸せなくして経営はないね」とよくおっしゃっていた。渋沢の経営思想は、脈々と受け継がれていたのだ。

「なぜ、今、渋沢栄一なのか」との問いに対する私の答えは、「今こそ渋沢栄一を見直し、利他主義経営で社会の『分断』を修復すべきだ」というものである。

万国の実業家よ、「論語」と「算盤」の一致に努力しようではないか。

 



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