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「藻谷浩介と行く食の福島」講演ツアー同行取材ルポ 前編

2016年01月09日 公開
2023年01月12日 更新

藻谷浩介(日本総合研究所主席研究員)

福島県産品の風評被害と闘う生産者・加工業者の現状

 

 2011年3月11日に発生した東日本大震災により、福島第一原子力発電所が大事故を起こし、放射性物質が拡散した。事故直後は周辺地域の農産物から放射線が検出された事例が多くあったが、除染などの対策を取り、出荷前の検査を厳しく行なうことによって、現在は安全な農産物しか流通しない体制が整っている。それにもかかわらず、風評被害は収まらない。2015年10月23日、NPO法人ComPus地域経営支援ネットワークが主催した「藻谷浩介と行く食の福島」講演ツアーに同行し、現地の状況を取材した。藻谷氏は同NPO法人の理事長であり、『デフレの正体』や『里山資本主義』(共著)などの著書がある。

 

[福島県農業総合センター]
地道な放射能検査が続く現場

 ComPus地域経営支援ネットワークが主催する藻谷浩介氏の講演ツアーは今回で第3回となる。今回のテーマは「福島の食」。福島県で活動を続ける「福の島プロジェクト」と共催となった。福の島プロジェクトは、福島県産品だけを扱う『ネットショップ福島屋商店』を中核に、県内の農業生産者や食品加工業者などが取り組んでいる、原発事故風評被害対策・復興支援のためのプロジェクトだ。NPO法人プロジェクト福島屋商店の事務局長・馬場幸蔵氏も同乗したバスに26人の参加者が乗り込んで、JR郡山駅前を出発した。

 

 郡山市の市街地を通って、市内の福島県農業総合センターへ向かう。車中では、参加者の自己紹介を交えながら、藻谷氏が郡山の地理と歴史について解説した。

バスの車中で話す藻谷氏

 

「郡山市は人口約33万。郡山都市圏は仙台都市圏に次ぐ東北第2の人口規模の都市圏です。政治の中心であったことがなく、城下町のように整然とした街並みではありません。町っ子の町文化が発達して、今は郊外展開が進んだアメリカンタイプの町になっています。

 でも、郡山の街中には安積国造神社があります。社伝では1,900年も前の創建で、古代には大勢力の中心地だったことがわかります。大きく発展したのは、明治になって、猪苗代湖から安積疎水が引かれてから。これによって原野が沃野に変わったのです。今、走っている旧街道沿いに広がる水田も、安積疎水が通ることによってできたものですね。さらに、その水力を使って、工業も発展しました」(藻谷氏)

 巨大なアサヒビール福島工場(本宮市)が車窓に見えてくる。東日本大震災直後は操業を停止したが、2011年11月に再開した。

アサヒビール福島工場

 

 福島県農業総合センターはアサヒビール福島工場の近くにある。2006年の設立。木材を多く使用しているのが印象的な建物だ。

福島県農業総合試験場・交流棟のエントランスホール

 

 交流棟にある部屋で、安全農業推進部副部長の草野憲二氏から、同センターが行なっている放射線モニタリング業務についての説明があった。

「この交流棟は土日も一般の方に開放している施設です。管理研究棟、実験棟と合わせて上空から見ると鎌の形をしています。

 もともとは農業に関する試験や研究を行なう施設ですが、東日本大震災後は県内産の農林水産物の放射線モニタリング業務も行なっています。また、作物へ土壌などからセシウムが移らないよう『吸収抑制対策』の研究も進めてきました。

 吸収抑制対策としては、セシウムと性質が似たカリウムを土壌に多く与えることが有効だとわかりました。カリウムは、肥料の3要素である窒素、リン、カリウムのうちの1つです。畑にはもとから多く含まれているのでいいのですが、水田では洗い流されてしまうので、十分な量を施用するように指導しています。

 また、リンゴやカキなど果樹の場合は樹皮から果実にセシウムが移るので、悪影響がない程度に樹皮をはいだり、高圧で水洗いしたりという対策を取りました。

 こうした対策によって、安全基準値(1kg当たり100ベクレル)を超える放射線が検出されることはほとんどなくなりました。ただ、山の中、海や川など水の中については、手がおよばないのが実情です。ですから、今でもまれに、山菜やキノコ、水産物からは、基準値を超える放射線が検出されることがあります。そのため、現在も出荷制限をかけている品目や市町村がありますし、制限を解除したものについても、基準値を超えた放射線を検出すれば、流通に乗ることはありません」(草野氏)

福島県農業総合センター 安全農業推進部副部長の草野憲二氏

 

 ちなみに、放射線モニタリングのために提供してもらうサンプルはセンターが買い取っており、その費用は東京電力に賠償請求するということだ。

 続いて実験棟に移り、廊下からドアの窓越しに、放射線モニタリング業務の様子を見学した。もとは試験や研究に使われていた部屋を転用して使っている。

 放射線モニタリングは10台のゲルマニウム半導体検出器を使って行なっている。1台約2,000万円で、4台は国から借りているが、6台は県が設置した。重量は、鉛の蓋がついているので、1台で約1トンある。2015年9月30日までに、のべ14万9,494点のサンプルを分析した。

ゲルマニウム半導体検出器が並べられた放射線モニタリング室

 

 肉類や魚介類は細かく刻んで100mlの容器に入れ、2,000秒間測定する。野菜、果実、キノコ、山菜類などは700mlの容器に、同じく細かく刻んで入れて、600秒間測定する。こうすることで1kg当たり10ベクレルという、安全基準値の10分の1の値まで測定できる。10ベクレルを下回れば「N.D=未検出」となる。サンプルを刻むのは職員の手作業だ。廊下には、その包丁の音が響いていた。

放射線モニタリング室で、サンプルを手作業で刻む職員たち

 

「つい先ほどもいらっしゃっていたのですが、外国や他県の方が視察に来られることがよくあります。モニタリングの様子を見て、安心して帰っていただいています。東南アジアのある国のバイヤーの方が視察に来られて、モモの輸出再開につながったこともあります。そのときはうれしかったですね。九州の学校の校長先生が視察に来られて、中断していた福島への修学旅行を再開していただいたこともあります。

 逆に、悲しかったのは、台湾の方が視察に来られて『これなら安心だ』とおっしゃっていたのに、結局、規制が強化されてしまったことです。粘り強く説明し続けていくしかないですね」(草野氏)

 事故直後は放射線の専門家がおらず、サンプルを千葉県の分析機関に送っていたが、職員がその機関で研修を受け、今ではベテランに育っているということだ。

 なお、放射線モニタリングの結果を見るに当たっては、自然界にもともと存在する放射線についても知っておく必要がある。自然界に存在するカリウムのうち約0.012%は「カリウム40」という放射性元素で、たとえばコメであれば、世界のどこで穫れたものでも、1kg当たり30ベクレル程度の放射能を含んでいるのが自然の状態なのだ。10ベクレルまで検出する福島県農業総合センターのモニタリングは、かなり厳しいものと言えるだろう。

 事故以降、全国で放射線検査が行なわれるようになると、福島第一原発から遠い日本海側や西日本の農産物から高い放射線が検出される例も出てきた。これは、チェルノブイリ原発の事故や原水爆実験の影響によるものではないかと考えられている。

 

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著者紹介

藻谷浩介(もたに・こうすけ)

〔株〕日本総合研究所主席研究員

1964年、山口県生まれ。日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)、米国コロンビア大学留学などを経て、現職。2000年頃より地域振興について研究・調査・講演を行なう。10年に刊行した『デフレの正体』(角川新書)がベストセラーとなる。13年に刊行した『里山資本主義』(NHK広島取材班との共著/角川新書)で新書大賞2014を受賞。14年、対話集『しなやかな日本列島のつくりかた』(新潮社)を刊行。

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